発祥
“サイコビリー”という言葉が初めて公に使われたのは、1976年にアメリカで発表されたJohnny Cashのコミック・ソング『One Piece at a Time』だと言われている。
Johnny Cash『One Piece at a Time』
ある自動車組立工の男性は、毎日のように高級車のキャデラックを目にする職に就いているにも関わらず、それに乗ることができない現実を嘆いている。しかしある時、彼は職場にあるキャデラックの部品をひとつずつ盗んで組み立てていけば、タダでキャデラックをものにできると思いつく。この計画は長い年月をかけて完遂されたが、部品の年式の確認を怠ったため、完成したキャデラックは無理矢理はめ込んだパズルのように無様な姿になっていた——。
曲中では、この奇妙な外観のキャデラックを“サイコ-ビリー・キャデラック(Psycho-Billy Cadillac)”と呼ぶ箇所がある。しかし、曲そのものはカントリーやロカビリーに分類されるものでサイコビリーとは言い難く、サイコビリーの由来がこの曲にあるのかも不明だ。
音楽を指す意味での“サイコビリー”という言葉を生み出したのは、『One Piece—』の発表と同じ1976年に結成されたアメリカのバンド・The Crampsとされている。
彼ら曰く、自分たちの独特のサウンドを表現するために作った言葉が“サイコビリー”——とのこと。実際、The Crampsの音楽はホラー・テイストが強く、精神病院でのギグの実施、マイクを“息子”に見立てる異様なライヴ・パフォーマンスなど、サイコビリーの名にさわしい作品や活動を多数残しており、彼らをサイコビリーの創設者として支持する声は多い。だが、音楽の方はあくまでガレージ・ロックの色が濃く、現在サイコビリーの特徴として知られる“ロカビリーとパンク・ロックを融合し、スラップ演奏を取り入れたサウンド”とは異なるとの指摘もある。
現在のサイコビリー的なサウンドを作り出したのは1980年にイギリスで誕生したThe Meteorsと目されており、彼らこそサイコビリーの真の創設者だと言う声も根強い。
いずれにせよ、どちらもサイコビリー・シーンにおいて大きな存在であることは間違いなく、The CrampsとThe Meteorsに影響を受けたと公言するサイコビリー・バンドも多くいる。
発展
サイコビリーにいち早く反応したのはイギリスの人々であった。前述のThe Meteorsが1980年に結成されて以降、King Kurt、The Sting-Rays、Demented are Go、Guana Batz、Long Tall Texansといったサイコビリー・バンドが続々と誕生。さらに1982年にはロンドン西部のハマースミスでナイトクラブ・Klub Footがオープン。そこでStomping at the Klub Footというサイコビリー・イベントが開かれるようになった。前述のUKバンドたちを筆頭に、オランダのBatmobileやアメリカのThe Quakesなどイギリス国外のバンドも参加したこのイベントは、初期のサイコビリー・シーンを象徴する存在となっていく。
Klub Footは1988年にハマースミスの再開発計画が始動したことによって幕を閉じるが、出演者の多くがのちのサイコビリー界の重鎮となったため、サイコビリー愛好者——通称・サイコス(Psychos)の間で伝説的なイベントとして語り継がれるようになる。
The Meteorsを産み落とした直後からサイコビリー・シーンが確立し始めたイギリスに対して、The Crampsの故郷・アメリカではサイコビリーをフォローする存在はなかなか現れずにいた。当時のアメリカはロカビリー的な音楽を古いものと考える向きが強かったのか、ネオ・ロカビリーの帝王・Stray Cats誕生の地でありながら、彼らの才能を評価するのはイギリスよりも後になった。1986年にはようやくサイコビリーの影響を受けたバンド・The Quakesが誕生するが、彼らはアメリカでの成功を難しいと考えたのか、結成翌年には早々に渡英している。
そうしたアメリカの状況を変えたのは、The Quakesの1年前に結成されたThe Reverend Horton Heat(以下・RHH)だった。彼らは1990年にSub Popから1stアルバムをリリースするが、Sub Popはのちにグランジ・ブームを巻き起こす伝説のロック・バンド・Nirvanaが1stアルバムをリリースしていたレーベルだった。Nirvanaの2ndアルバム『Nevermind』が1991年に大ヒットを記録すると、世間は彼らの過去作とそれをリリースしたSub Popにも目を向け、その流れでRHHにも光が当たった。また、RHHの1stアルバムには『Psychobilly Freakout』という楽曲が収められていたため、“サイコビリー”という言葉をアメリカで広く認識させることにも成功した。
1990年代半ばに入る頃、アメリカでThe OffspringやGreen Dayが台頭したことにより、各地でポップ・パンク・ブームが吹き荒れた。それはサイコビリーの世界にも影響を与え、オーストラリアのThe Living EndとアメリカのTiger Armyなど、ポップ・パンクの要素を持ったサイコビリー・バンドが注目されるようになった。前者はGreen DayやRancidのライヴで前座を務めたこと、後者はパンク・レーベルのHellcat Recordsからアルバムをリリースしたことで、サイコスのみならずパンク・ファン——通称・パンクス(Punx)からの支持も得た。彼らをきっかけにサイコビリーを知った人も少なくない。
21世紀に入るとロカビリーを重視したオールド・スクール的アプローチを持つバンドとパンク色を強めたバンドが入り乱れ、サイコビリーの可能性はますます広がりを見せている。
女性のサイコビリー
多くの音楽ジャンルではジャンルの誕生と女性アーティストの登場まで多少のタイムラグがあることが多いが、サイコビリーではその言葉の誕生と同時に女性アーティストも生まれている。それはThe Crampsのギタリスト・Poison Ivyだ。彼女は1976年に夫のLux InteriorとともにThe Crampsを立ち上げたバンドの中心人物のひとりであり、Luxが亡くなる2009年まで活動を共にした人物でもあった。
1980年代になるとThe ScannerzやSomething Shocking、The Deadbeatsと女性メンバーを擁するサイコビリー・バンドが少しずつ誕生していくが、女性サイコスが本格的に注目を浴び始めるのは2000年代に入ってからである。その先陣を切ったのはデンマーク出身のHorrorpopsだった。Horrorpopsは1996年に結成されたバンドだが、すでにサイコビリー界で成功を収めていたNekromantixのフロントマン・Kim Nekromanが中心メンバーだったこともあり、1stアルバムのリリースと同時に多くのサイコスから支持を得ることができた。
その後もThe Silver Shine、The Creepshow、Kitty in a Casket、The Hellfreaksなど、女性メンバーが中心となったバンドが次々と登場しており、女性サイコスは増加しつつある。
日本のサイコビリー
日本のサイコビリー・シーンの歴史は意外と古く、その幕開けはヨーロッパと同じく1980年代である。日本初のサイコビリー・イベント「Monster a Go Go!」が1986年に東京で開催され、The Falcons、Strut、The Stomps、Billy the Capsが参加した。この4つのバンドが日本最初期のサイコビリー・バンドとされている。また、同時期にはThe Snow Men、TOK¥O $KUNX、The Scamp、Biscuits、Hornet'sといったバンドも誕生した。
1990年代にはMad Mongols、Spike、The Starlite Wranglers、The Peppermint Jam、Battle of Ninjamanz、デスマーチ艦隊、Cracksほか、サイコビリーに影響を受けたバンドが続々と登場。海外のイベントにも積極的に参加し、国内外問わずサイコビリー・シーンを盛り上げている。
アンダーグラウンドなジャンル
40年近い歴史を持つサイコビリーだが、世界的に見てもあまり大きな人気を持っているとは言えないようで、このインターネット時代にも思うように情報を集められないジャンルである。サイコスが名盤と太鼓判を押すようなアルバムでも廃盤になっているものが多く、そうでなくても流通が限られているのか入手が難しいケースも少なくない。上述のバンドも例外ではなく、現在では流通していても、いつの間にか入手困難になってしまう可能性は低くはない。従って、気になるアルバムがあれば、なるべく早く入手することをおすすめしたい。
このページの筆者もサイコビリーについて充分な知識を持っているとは言えず、聴いたことのないバンドも多くある。そんなビギナーがわずかに手に入れた情報でも誰かの役に立てばと思い、このサイトを作った。今後より知識が増えればこのページももっと充実すると思うので、気が向いたらまたチェックしてみてね。
参考文献
- GREASE UP MAGAZINE Vol.7
- Memories from the Klub Foot
- The Rockabilly Chronicle
- Horrorpops『Hell Yeah!』日本盤ライナーノーツ(恒遠聖文)
- ほか、各バンドのオフィシャルサイトやCD付属のライナーノーツなど