人形 デュ・モーリア傑作集

公開

あらすじ:とある湾の岩の割れ目で発見された、所有者不明の古びれた札入れ。その中には所有者の男性——おそらく湾のどこかで身を投げてしまったのであろう彼の手記があった。手記には、ハンガリー出身の美しき女性バイオリニスト・レベッカに出会った彼の奇妙な体験と苦しい胸の内が綴られていた——。『レベッカ』『鳥』などで知られる英国の女流作家・ダフネ・デュ・モーリアの短編集。表題作の「人形」を始め、聖職者らしからぬ神父を描いた「いざ、父なる神に」「天使ら、大天使らとともに」、離れていく恋心を描く「そして手紙は冷たくなった」など、人間の心部を描いた計14の短編を収録する。

デュ・モーリアらしさに溢れた短編集

 2017年1月に出版された短編集。私はダフネ・デュ・モーリアの作品だと長編は『レベッカ』、短編集は『鳥 デュ・モーリア傑作集』『破局 異色作家短篇集』『いま見てはいけない』の4冊を読んだことがある。感想を一言で言うと、『レベッカ』は「まあまあ」、『鳥—』は「大傑作」、『破局—』は「なかなか」、『いま見てはいけない』は「?」といったところ。それでは以下、本作の感想。

東風

 あらすじ:イギリスから遠く離れた場所にあるセント・ヒルダ島。人口が70人を超えたことがないその小さな島は、イギリス本土との連絡や住民以外の往来もほとんどない、閉じられた平和な世界だった。いつものように単調な1日が明けようとしていた頃、島民の知らない船がやってきた。外からの文化に飢えていた人々は彼らを歓迎するが——。

 これまで知らなかった新しい文化に触れると、世界が開けたような輝きと同時に、自分が安定を見出していた生活のルーティーンが変わってしまうのではないかという恐怖を感じることがある。そうした人間の異文化への憧れと恐怖を極端に描いた1作。デュ・モーリアらしくサスペンスちっくな仕上がりになっていて面白くはあるんだけど、島にやってきた異文化人の描写がアーモンド形の細い目と笑うと輝く白い歯を持つ、背の高い、色の黒い男たちで、まあまあ差別的なものを感じて正直そこは微妙だった。

人形

 表題作。登場人物の女性の名前が“レベッカ”で、いきなり意表を突かれる。ここでの“レベッカ”はバイオリニストだが、やはり容姿端麗で、主人公のあれ以上、美しいひとはいまだかつていなかったという独白はあのレベッカを形容する際に使われたセリフを思い出す。確かフランクが言ったんでしたっけね。デュ・モーリアはレベッカという名前に何か愛着でもあったんだろうか。

 『レベッカ』でのレベッカは物語が始まった時点で物故しているが、その存在感は登場人物の誰よりも強いと思えるほどに強烈だった。対してこちらのレベッカはそこまででもない。いわゆるラブな人形の愛好者というだけである。当時——この作品は1928年に書かれたものらしい——としては思い切った設定だったかもしれないが、現在視点からすれば、少なくともフィクションの世界ではそんなにインパクトのあるものではないかなと思う。そりゃ身近にいたらびっくりするけどね(笑)。

 でもときどき脳が持たず、ばらばらになりそうな気がする。それは大きすぎる恐怖、深すぎる絶望で満杯になっているって文書はすごく気に入った。これを読んでいた時、まさにそんな具合に感情が乱れていたので、こういう表現の仕方があるんだ……と感嘆。一人称視点で陰鬱な作風がいかにもデュ・モーリアっぽく、デュ・モーリアの“人間のマイナス面を描写する巧さ”が良く出ている作品だと思う。

いざ、父なる神に

 あらすじ:聖スウィジン教会のジェイムズ・ホラウェイは、上流階級から絶大な支持を受ける人気牧師だ。ある日、貴族の跡取りである青年・クランリーから、一夜をともにした女性が子供を授かってしまったと相談を受ける。彼には家柄があるため結婚は避けたいが、女性の方は強く結婚を望んでいるという。ホラウェイは青年を救うため女性に説得を試みる。

 イギリスで神父をこんなにコケにしても良いんだ!? と驚くくらい神父を痛烈に揶揄している1作。私はたぶん無宗教(ただし宗教的な教えをまったく信じていないわけでもない)だけど、それでも“神父”という言葉にはどこか神聖なものを感じるので、イギリスの人がこんな作品を書けてしまうのは意外だった。最近ならともかく、100年以上前に生まれた人ですからね。もしかしたら、いけ好かない神父が身近にいたのかもしれないな(笑)。

性格の不一致

 あらすじ:男性には愛しい彼女がいる。だけど彼女は“愛する者同士は同じ時間を共有すべき”という価値観が強過ぎて、男性がひとりで外出することにすら眉をひそめる点にはうんざりしている。男性は彼女からの反対を押し切って外に出て、ひとりの開放感を味わうが……。

 恋人同士には——いや、それに限らず、親友や親子などにも、互いを大切に想っているのは確かなのに、どうしても分かり合えない部分はある。その事実を淡々と描いた作品だ。作品的にはどちらが良いか悪いかでなく単純に思考の違いからくるすれ違いを描いているのだと思うが、それでもあえて言うと、これは彼女の方が束縛が強すぎてヤバいと思う。今なら一種の暴力に認定されそう。

満たされぬ欲求

 あらすじ:男性は婚約中の彼女と結婚したい。しかし資産も職もないので、彼女の父が許してくれない。それでも彼女への情熱を抑えられない男性は、父から一切の援助を得ないという条件を呑み、ついに結婚に至る。かくして、若いふたりの極貧新婚生活が始まった。

 これまではわりと鬱々とした物語が多かったが、こちらは完全にコメディに舵を切っている。そろそろ本の中盤にさしかかるところなので、小休止といった感じだろうか。でも書き手がデュ・モーリアなもんだから、最後にもしかして鬱な展開が……? とか身構えたりした(笑)。おバカだけど愛らしいカップルにほのぼのしたよ。

ピカデリー

 あらすじ:せっかくの美しいドレスも、気をつかったウェーブの髪も、白粉で整えられたはずの肌も、すべてがちぐはぐで汚らしいものになっている。彼女の名はメイジー。メイドとして安定した生活を送るはずだった彼女が前科者となり今の商売に就くまでの人生を淡々と語る。

 軽妙な語り口のせいか、はたまたその職業のせいか? 軽薄にすら見えるメイジーだが、よくよく考えを巡らせるととても純粋な人間なのだろうと感じる。だからこそ人を信じてしまい、墜ちたら這い上がれなかった。最後の1文が言葉遊びだから作者としたらわりと面白おかしい感じで書いたのかもしれないが、私には切なさしか感じられなかった。というか、これをお嬢様なデュ・モーリアが書いたという事実がなんか癪に障る。完全に高みの見物じゃねーか! ええとこの嬢ちゃんは気楽でいいですね、ペッ。(突然キレる)

飼い猫

 あらすじ:寄宿学校を卒業し、いよいよ大人の世界に足を踏み入れた少女。これからは誰にも囚われず、愛する母とその夫——少女からみた義父と、新しく楽しい生活を送るのだ。母と義父を喜ばせようと、少女はめいっぱいのおめかしをして汽車に乗り込んだ。しかし、成長した彼女を見た母の反応はそっけなかった。

 母親から実子への歪んだ嫉妬心が生み出す物語。少女が思ったより綺麗になったせいなのか、それとも夫の企みに気づいたからなのか、もしや体調が優れない不安が生んだものなのか? 子供にこういう気持ちを抱いちゃうまでの過程ってどんなものなんだろうね。大人の世界への希望を最悪の形で打ち砕かれた少女に同情してしまう。

メイジー

 あらすじ:「ピカデリー」の主人公・メイジーがふたたび登場。今度は回顧録ではなく、今を生きるメイジーの姿が映される。インフルエンザで死んでしまった友を憐れみながら、メイジーは今日もなんとか生きていく。素敵な服が飾られたショウ・ウインドウや、病に侵された同僚、教会での結婚式、そして、ちょっと素敵な男性との出会いを経由して——。

 身体を張る仕事ゆえに、死がいつも隣接しているような立場にいるメイジー。それでも他人の夢を祝福したり、叶わぬとわかりながらも夢を語る彼女の純粋さが光る。未来に不安を抱いている人は彼女を身近に感じられると思う。そしてやっぱりデュ・モーリアは高みの見物してんなあ、ペッ、という気持ちも出てくる。ちくしょう、いいよなあ金持ちは。

痛みはいつか消える

 あらすじ:遠く離れたベルリンに発った愛しい夫が、ついに帰ってくる。心を躍らせている女性のもとに、1本の電話が入る。それは親友のメイからのもので、なんでも夫から離婚を切り出されたらしい。女性はメイを励ますが、最愛の夫との再会に浮き足立っているせいか、どこか親身になれないでいる自分に気づく。

 デュ・モーリアが希望を抱かせる人物を出した時、その人物は最後に苦い想いを味わうことになるぞ! これもやっぱりそんな感じの話である。いいとこのお嬢様なのに、なんでこんなに斜めに構えた作品が多いんだろう。たまには皮肉らず素直になれば良いのになあ。でも、実際のところ人生は期待したほど良いことは起こらないし、どちらかと言えば苦い経験ばかりするものだけど。だからこそ著名な作家になれたのか、という気がしないでもない。希望と現実の落差を描くのが巧いよね、ほんと。

天使ら、大天使らとともに

 あらすじ:聖職者らしからぬ聖職者・ジェイムズ・ホラウェイふたたび見参。インフルエンザにかかって療養生活をしていた彼は、代理を任せた副牧師が自分の教会を改革していると知り憤慨していた。品格高い信者で溢れていたあの教会は、今や汚らしい貧乏人たちの希望の場所になっているらしい。貧しい民を救うことこそ神の教えと考える副牧師との戦いの行方は——。

 宗教は貧しい人、過ちを犯した人、弱い人たちにこそ親身になるもの——。そんなふうに考えていた時期が俺にもありました。まあ、昨今ではまさにキリスト教の神父の不祥事がたくさん報告されているわけだから、それを考えれば下層階級を見下すだけに留まっているホラウェイはまだ良い方なんだろう。神父に対する不信感というのは意外と昔からあるものなのかもね。でもこんなこと書いて信仰深い人に怒られたりしなかったんだろうか?

ウィークエンド

 あらすじ:とある週末、愛し合う男女は郊外の海へデートに出かける。これ以上にないほど気が合うと感じているふたりは、ふたりだけの世界にのめり込み、バカバカしいあだ名で呼び合いながら、これから訪れる幸福の時に心を躍らせていた。だけどその幸せが続いたのは、ボートで海に出かけるまでのことだった。

 いわゆるバカップルの休日の話。「性格の不一致」と同じように、どこの世界のカップルにも起こっていそうな物語ですね。同じ沈黙でも愛しているがゆえのものと仲違いしているがゆえのものを対比して描いているのが面白い。

幸福の谷

 あらすじ:自然溢れる谷に立っている家。それは彼女の夢の中にだけ存在する、彼女だけの安らぎの場所だった。けれどある時、夫と泊まっていた宿からひとり散歩していると、夢の中にあるはずの家と瓜二つの建物を見つける。しかも、その家の中には彼女の写真と夫にそっくりの男性があった。

 たぶんこの本の中で1番デュ・モーリアらしい作品。幻想的で、説明的なものは一切なく、答えも明示しないけれど、違和感は持たせない。登場する谷と家はなんとなしに『レベッカ』に登場するマンダレーを彷彿とさせる気がするが、あとがきによれば『レベッカ』にも”幸福の谷“なるものが出ていたらしい。『レベッカ』を読んだのはもう5年は前なのであまり細部は覚えていないけれど、マンダレーを連想した理由はそこにあったのかも。

 あと、女性の混乱する心情を描いた文章——急にひどい疲れを、虚脱感を覚えた。まるで、人生があまりに重たく、あまりに困難で、自分には背負いきれないかのようだったがとてもイイ。私が時折感じる言語化できないような強烈な不安感を見事に表現していて、まるでデュ・モーリアが私の心情を感じて書いたのかと思うくらいだった。たぶん訳の良さも手伝っているのだろうけど、これはほんとに素晴らしい文章だと思う。

そして手紙は冷たくなった

 あらすじ:中国にいたXは、知り合いのチャーリーの家にあった彼の妹・ミセス・Bの写真を見て恋に落ちた。イングランドに帰国したXは、この恋心を打ち明けるため、さっそくミセス・Bに手紙をしたためる。手紙を受け取ったミセス・Bは彼の好意に応え、ふたりは距離を縮めていくが……。

 Xからミセス・Bへの手紙のみで構成される物語。“書簡体小説”というらしい。最近、結婚相談所の人のブログで“付き合い始める時は男性の方女性にが熱を上げているけれど、ゴールインする頃には女性の方が男性にメロメロになっているパターンが多い”と書かれているのを見たが、まさにそんな感じの話であった。余談だけど中国での三年間は、私の作法と話術に大ダメージを与えたでしょうからの1文を見た時は、ハイハイお箸文化ですみませんね〜ドルチェ&ガッバーナ! と思いました。いや、あれはイタリアだけど。

笠貝

 あらすじ:ディリーは、幼い頃から自分を省みず他人のために生きてきたという自負がある。両親はもちろん、苦手だった叔母や、頼りのない夫に対してだって、最大の愛を込めて叱咤激励してきた。そんな聖人のような人生を、ディリー自身が振り返っていく。

 読み始めた時に『破局 異色作家短篇集』の最後に載っていた話に似ているなと思ったが、読み進めていくうちに似ているどころじゃなくね? 一緒じゃん! と思ってきた。解説を読んだらやっぱり『破局—』にあった「あおがい」の新訳だった。あちらの訳者は吉田誠一で文章は常体語(〜である・〜だ)だったのに対して、こちらは敬体語(〜です・〜ます)という違いがある。

 吉田版だと客観的な口調になっているせいか、どこか他人事のように自分を振り返っている感じが逆にディリーのヤバさを際立てている気がする。ほんとに根っから“私、人のためになってますよね? ちゃんと尽くしてますよね?”と思っている感じ。対してこの務台版では客観的でない分、ディリーの独りよがりで恩着せがましい感じが強調されていて、まさに“笠貝”のようにべちょっと張り付いているような気持ち悪さがあった。

 どちらの方が良いかというとたぶん好みだろうが、個人的には吉田版の方がディリーの狂気が強調されていて好きかなあと思う。務台版はネチネチしすぎてしんどい(笑)。

………

 これにて『人形—』の全話レビューは終了。14作収録とボリューミーで、かつデュ・モーリアらしい作品に溢れているので、デュ・モーリアのファンであれば読んで損はない1冊だと思う。デュ・モーリアの作品でひとつでも好きなものがある人には迷わずおすすめしますね。

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