あらすじ:戦士の仲間たちとともに植物園に訪れた月野うさぎは、恋人である地場衛に近づこうとする謎の男性・フィオレに出会う。どこか不穏な空気を漂わせた彼が出現したのと同じ頃、天文台では地球に接近する小惑星が観測されていた。そして、街には倒れた人々が——。人気テレビシリーズ『美少女戦士セーラームーン』の初劇場作品。

劇場版というよりはテレビスペシャル

 1990年代のオタク業界を席巻したアニメ『美少女戦士セーラームーン』の劇場版。一応私は『—セーラームーン』をリアルタイムで観た世代なのだけど、劇場版があったことは長らくの間知らなかった。興行的にかなりの成功を収めたようで、ファンの間でも評価が高い作品らしい。ちなみに同時上映は同シリーズの短編作『メイクアップ!セーラー戦士』と『ツヨシしっかりしなさい』だったとか。『ツヨシしっかりしなさい』が同時上映てむしろスタッフがしっかりしろよと言いたくなるような不思議な組み合わせだ。抱き合わせ商法かな?

 観賞後の率直な感想としては「ずいぶんとこじんまりした劇場版だったな」というところ。上映時間が1時間程度と短いこともあるだろうが、それ以上に劇場版らしいスペシャルさをまったく感じられなかった。『爆走兄弟レッツ&ゴー!!WGP 暴走ミニ四駆大追跡!』も劇場版っぽい派手さがないと思ったが、こちらはそれ以上だ。たぶん見せ場のひとつである変身と必殺技のシーンがテレビ版の使い回しだからだろう。『—セーラームーン』シリーズにおける変身・必殺技シーンのアニメーションは本当に素晴らしく、テレビ版では毎週流れていたのにその都度最高にワクワクしていたが、劇場版にまったく同じものを持ってこられるとどうしても使い回しっぽく感じちゃうんだよね。しかも見せ場だけあってそこそこ時間を喰う。せっかく劇場版を観ているのにテレビと同じ映像が続いてしまっては物足りない。

 物語が全体的にテレビ版の焼き増しなのもスケールの小ささを感じさせる原因だったように思う。小惑星からやってきたフィオレ(魔界樹編のエイル)、セーラームーンをかばって致命傷を受けるタキシード仮面(無印最終話)、死にかけるセーラー戦士(無印45話)、銀水晶の力で大団円を迎えるラスト(無印最終話)など、ほぼテレビ版そのままじゃんみたいな展開が多いのは正直厳しい。セーラー戦士がフィオレに捕まった時には「お前らまた死ぬのー??」と思ったくらい。

 終盤では月野うさぎ(三石琴乃)と出会う前の戦士たちの孤独が描写されるのだが、水野亜美(久川綾)・火野レイ(富沢美智)・木野まこと(篠原恵美)まではいいとして、愛野美奈子(深見梨加)のはなんだありゃ? 同級生から付き合い悪いよね〜と言われるまではいいのだが、きっと『正義の味方、セーラーV!』とかやってんのよwというからかいの言葉は意味不明すぎる。正体を明かしていないはずのセーラーVと愛野美奈子をなぜ結びつけるのだ君は。もともと漫画版(『コードネームはセーラーV』)では活発で友達もいるキャラクターなのだから、ほかの戦士のように学校や近所で孤立って方面で攻めるのは少々無理があると思う。

 ファンの間では好評だという劇場版主題歌『Moon Revenge』もかなり微妙。変に湿っぽくて『—セーラームーン』らしくない。歌声もカラオケレベルだなあと思ったら、戦士役の声優さんたちが歌ってるのね。でもテレビ版のED『タキシード・ミラージュ』はそんなに違和感なかった気がするし、曲との相性の問題か。まあファンの間では人気があるわけだから、私の好みではないだけかもしらんが——。

うさぎの気道を塞ぐちびうさ
© 東映・東映動画・1993

 画像は気絶したうさぎを起こすため彼女の気道をちびうさ(荒木香衣)が塞いでいるシーン。画面はこのカットのまま18秒間も停止する。実際にちびうさが気道を塞いだタイミングで呼吸を止めるとうさぎが起きたあたりから息苦しくなってくるので、そういうお遊びなのだろう。遊び心に溢れていた『—セーラームーン』らしい演出とも言えるが、普通に映画として観るぶんには単に冗長という感じも否めない。やっぱり映画となるとそれ相当のスケールは期待してしまうよね。アニメーションはよく出来ているので、劇場版ではなくテレビスペシャルだったら楽しめたかもしれない。

last up:2018/04/21