グリーン・ランタン

公開

あらすじ:フェリス社に所属する敏腕パイロット・ハル・ジョーダンは、街中で突然緑色の光に包まれて150キロも離れた海岸に吹き飛ばされた。そこにあったのは見慣れない飛行物体らしきものと、赤色の皮膚を持つ人間そっくりの生命体。瀕死状態だったその生命体はハルに緑色の指輪を手渡し、それを飛行物体に積まれたランタンにかざすよう伝えて息絶えた。ハルは混乱しながらも指輪をランタンの方向に指し示す。それは、ハルが全宇宙の平和と秩序を守る“ランタン・コア”としての使命を与えられた瞬間だった——。スーパーマンやバットマンと並ぶDCコミック社の人気ヒーロー・グリーン・ランタンの待望の実写化。

ヒーロー映画のわりには地味かも

 2002年に『スパイダーマン』がヒットしてからというもの、ハリウッドはヒーローものが当たりに当たっている。その流れは2010年代に入ってもまったく衰えなかった。アメコミや映画に明るくない私でも『スーパーマン』『アイアンマン』『ハルク』『キャプテン・アメリカ』『アントマン』など、アメリカのヒーローものの名前がスラスラと浮かぶくらいになっていた。ここまで挙げたなかで私が観たことがある映画は『スパイダーマン』と『アイアンマン』だけだ。それでもこれだけのヒーロー作品を挙げられるのだから、いかにアメコミ・ヒーローが大当たりしていたかわかる。

 ——にも拘らず、2011年に公開された本作『グリーン・ランタン』を、私はまったく知らない。実写化されたアメコミ・ヒーローは名前を知らずともコスチュームを見れば「見たことあるかも」と思うものだが、これについては本当にまったくわからない。知らねーぞ、こんなやつ。もしかしてそこそこコケたのか? と思いながら観てみたら、意外と悪くなかった。ただ、ヒーローものにしてはなんか地味っぽいなあって感じは否めなかった。

 グリーン・ランタンというのは宇宙の平和と秩序を守るために生まれた組織で、その活動に従事する者はランタン・コアと呼ばれている。たくさんの惑星の人たちがコアとして宇宙の各エリアで活動しているのだが、今作の主人公・ハル・ジョーダン(ライアン・レイノルズ)は地球人として初めてそれに選ばれた。選ばれるのはグリーン・ランタンたちの持つリングがその能力に適したとみなした者であり、特定の人物の意思が介入しているわけではない。ハルをコアに選んだのは、コアの中でも能力が高いとされていたアビン・サー(テムエラ・モリソン)という人物が持つリングで、彼の命が尽きた時に遺されたリングがハルをアビンの後継者としてふさわしい人物だと判断したようだった。

 アビンが絶命したのは、グリーン・ランタンの中でも畏怖されている恐怖の化身・パララックスとの戦いによって負った傷のためだ。パララックスはかつてアビン自身が無人の惑星に封印しており、その成果によってアビンはグリーン・ランタン屈指の能力を持つコアと評価されていた。そんな彼が破れたパララックスに対抗しうる存在、それがハルだという。

 ハルは幼い頃に目撃した父の死という強い恐怖に縛られている自分が、なぜアビンのような優れたコアのリングに選ばれたのかわからず、コアとしての使命にも恐怖を感じていた。だが、幼なじみのキャロル(ブレイク・ライヴリー)から、あなたがコアに選ばれたのは強い恐怖を知りつつも、それに打ち勝とうとする勇気を持っているためではないかと指摘される。パララックスが地球を飲み込もうとし始めた時、ハルはキャロルから教えられた勇気を胸に戦いに挑むことを決意する。

 あらすじだけ見れば王道なヒーローものという感じなのだが、最初に書いたようにどこか地味なのだ。おそらくその原因のひとつは“宇宙”というキーワードだろう。否が応でもスケールの大きさを感じさせる言葉だが、ストーリーの方はほぼほぼ地球で完結する。そのせいか大風呂敷を広げたわりにはこじんまりしてるなコレ……と思ってしまう。

 序盤にはハルの兄弟らしき人たちや甥っ子などの親類が登場し、彼らがストーリーに関わることを予感させるが、なんとその後は音沙汰なし。ストーリーのほとんどはハル、ヒロイン、ふたりの幼なじみのヘクター・ハモンド(ピーター・サースガード)の3人で回るのだ。ハルのトラウマになっている父親も序盤に出たっきりで、あとはおまけ程度にちょろっと言及されるだけ。最初に提示される情報と比較すると、のちのストーリーで描かれるものがいちいち小さく感じてくる。

 で、主人公の友人であるヘクターはパララックスのウイルスかなんかに感染して悪役化、まあゲームでいうところの中ボスみたいなポジションになるんだけど、彼の扱いも微妙である。彼はどちらかといえば内向的で冴えない感じの人物で、幼い頃からヒロインに恋心を抱きながらもそれを伝える勇気がなく、一時的でも彼女と恋仲になったイケメン主人公を羨ましく感じている。とは言っても多少の嫉妬心があるだけで、ことさら主人公を目の敵にしているわけでもないように見えた。

 そういうキャラが悪役にいいように使われる場合、増大していく悪意に飲み込まれて完全な悪人化、もしくはもともと持ち合わせている善良な気持ちとコントロール不可能な悪意のはざまで苦しむというのが王道なパターンだが、本作ではこれがどうにもどっちつかずに見えた。おかげで死んだ時の感情が「無」なのだ。極悪人だったら「やったなハル!」ってなるし、善良な部分が残ったままなら「辛かったなハル……」となるのだが、ヘクターはどっちでもなかったため爽快さも感傷的な気持ちもなにもない。強いて言えば『ドラゴンクエスト』で道端で遭遇した適当なモンスターを倒した時みたいな感情はあったかもしれない。でも映画を観るとヘクターは“ラスボスよりの中ボス”ポジションなのは明白だろう。でも感情的には道端のザコモンスター。そのちぐはぐ感がどうもね……。

 そしてヒーロー映画にとって最も重要とも言えるアクション・シーンもなんだかとっても微妙だ。ランタン・コアの能力のひとつは“想像したものを具現化する”というもので、敵を切り裂く剣がほしいと思えば剣が現れ、敵を拘束するチェーンがほしと思えばチェーンが現れる——という具合である。この能力を駆使して作られるアクション・シーンはもちろん本作の目玉になるはずなのだけど、なんていうか、具現化されたものの見た目がいちいち首を傾げるようなダサさなのだ。墜落しそうなヘリを助けるためにヘリをミニカー化させた上でサーキットを出現させてその上を走らせるとか、発想がな〜んか子供っぽいんだよねえ。

 まあ人間の想像力ってのはそれまで積み重ねてきた人生の中から生み出されるものだから、そういう意味でハルが具現化させているものがダサいのは人間の想像力の限界を表現しているようでリアリティはあるかもしれない。それにしても、もうちょっとカッコいい感じのものは出せなかったのだろーか。なんかこー、いちいちおもちゃっぽいんだもん。ぶっちゃけバイキンUFOの方がセンスいいなって思うようなものばかりだった。

 しかしそれ以外のアクションはわりと迫力がありスピーディだったので、クライマックスなんかもまあまあ楽しめはした。映画全体のテンポも悪くないから退屈を覚えることもなかったしね。作品特有の設定をいちいち活かし切れていなかったのは残念ポイントだけど、まあまあ普通の映画かな。——と思ってちょっと調べてみたところ、公開時は結構豪快にコケたらしいことがわかった(笑)。のちに公開された『デッドプール2』ではその辺もネタにされているらしいとか。私がずっと存在を知らなかったのもそのせいなのだろう。

 でも最初に書いた通り、私はそんなに悪くない映画だと思う。まあ、「クソ映画です!」って言われて観たら「そんなにヒドくなくね?」と思うし、「最高の映画です!」と言われて観たら「ん〜、でもまあまあクソじゃね?」と思うような、そんな感じのポジション。可もなく不可もなく。ヒーローものが好きな人なら観てもいいかもしれないけど、そうでもない人なら無理して観るほどでも……って感じかな。あ、でもCGは結構よかった気がする。

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