名探偵コナン 天国へのカウントダウン

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あらすじ:西多摩市に新設された超高層のツインタワービルを訪れた江戸川コナンと少年探偵団。オーナーの知人として招待された毛利小五郎・蘭・鈴木園子らとともに富士山を一望できる高層階を見学していた時、ビル前で黒の組織の一員であるジンの愛車・ポルシェ356Aが停車していると耳にしたコナンは慌てて玄関口に戻るが、車は忽然と姿を消した後だった。そして後日、ビル内部で殺人事件が……。

コナン映画としては傑作だがファン向けすぎるのが難点

名探偵コナン 瞳の中の暗殺者』に続く劇場版第5弾。今回は灰原哀(林原めぐみ)と黒の組織に焦点を当てた物語になっている。灰原は『—コナン』の中でもかなり人気のキャラクターで、人気投票で主人公を抑えて1位になったこともあるほど。だから多くのコナンファンにとっては待ち望んだ映画でもあるし、内容もファンの期待にガッチリと応えたものだと思う。灰原のお姉ちゃん——宮野明美(勝生真沙子)——への想い、彼女を失ったことへの喪失感と孤独感、少年探偵団への愛情などが深く描写されており、いち灰原ファンとして涙腺が緩むのを止められなかった。では映画として好きかというと、かなり微妙である。

 これは映画に対するスタンスの問題だと思うけれど、私は映画はひとつの作品として独立・完結してほしいタイプなのだ。例え原作を知らなくても面白く観られるのが理想。『名探偵コナン』のようなテレビシリーズものの劇場版であってもそれは変わらない。かと言って『—コナン』の劇場版と言うからには、絶対に『—コナン』でしかできないような映画でもあってほしい。つまり、原作を知らなくても問題なく楽しめるが、原作を知っていればより楽しめるような作品が観たい。理想が高いかもしれないが、少なくともこれまでの劇場版——特に『—瞳の中の暗殺者』はそれができていたので、決して不可能なものではないと思う。むしろ、劇場版コナンに触れたおかげで、こうした理想を持つようになったと言えなくもない。

 そういう意味で、『—天国へのカウントダウン』は原作に寄り過ぎている。『—コナン』をまったく知らない人からすれば、灰原は“お姉ちゃんを失った可哀想な少女”ぐらいの印象しか持てないのではないか。灰原がもっと、普段は感情を抑えていて、自己犠牲心も強く、必要以上に罪悪感を持ち、自己嫌悪に陥りがちで、そして何よりもお姉ちゃんを大切に想っていることを充分に知っていなければ、劇中の灰原の心情に寄り添えない気がした。

 お姉ちゃんがもうこの世の人ではないことは理解しているのに、それでも声が聞きたくて留守番電話に遺されたメッセージを目当てに電話をかけるシーンなど、その最たるものだろう。あれは原作で——まあアニメでも良いが——江戸川コナン(高山みなみ)がお姉ちゃんをすんでのところで救えなかったことを嗚咽をあげて批難するあの描写を知っているからこそ光るものだと思う。もちろん私は原作ファンだから、原作を知らない人がどう感じるかはわからない。けれど、少なくとも私には原作で積み重ねていった灰原哀というキャラクターを知らない人には、いまひとつついていけない描写が多いように感じた。

 灰原はまだ目を瞑れる。しかしミステリ要素までコナンファン以外を切り捨てたのは頂けない。劇中で起こる殺人事件は3つだが、コナンが真犯人だと指摘した人物は、うちひとつの事件においてアリバイが成立している。しかもその証人はコナンを初めとした少年探偵団だ。この完璧なアリバイはどうやって作られたのか?

 実はこの3つの殺人事件は連続事件ではなかった。うちふたつの事件は劇中の容疑者が犯人で、残るひとつは黒の組織のメンバー・ジン(堀之紀)が起こしたものだったのだ! ってなんじゃそりゃ!(笑)ジンは『名探偵コナン』における超重要人物だから、映画に登場したところで容疑者にはならないし逮捕されることもない。そんな人物が本筋の事件に絡んできても盛り上がるどころか拍子抜けである。だって推理の妨げでしかないし、事件もキッチリ片がつかないんだもの。当然のごとくジンの事件は未解決で終わる。今回は爆発もジン(黒の組織)の仕業なので、こちらも迷宮入りだ。オープニングでコナンが自信満々に言っていた迷宮なしの名探偵とはなんだったのか。

 燃え盛るツインタワーからの脱出シーンが2度もあるのも微妙だ。毛利蘭(山崎和佳奈)と工藤新一(山口勝平)の見せ場と、江戸川コナンと少年探偵団の見せ場が欲しかったのはわかる。でも蘭と一緒に脱出したのに、まだタワーに残されている少年探偵団を助けに向かうコナンを見ると「蘭ねーちゃんに助けてもらっといて戻るのかよ!」って突っ込みたくなる。とは言え、1度目と2度目で脱出方法やシチュエーションを大幅に変更し、2度目の脱出もマンネリ感なく観られるようにしたのは素直にすごい。

 劇場版でお馴染みの白鳥刑事は、今回から声優が変更されている。これは前回まで声を担当していた塩沢兼人が急逝したため。白鳥役を受け継いだのは井上和彦。井上版白鳥刑事は映画よりも先にテレビシリーズで披露されたが、その時は塩沢版とほとんど変わらない印象の声にとても感動したのを覚えている。しかし改めて聞き比べるとやっぱり違いますね。井上版白鳥刑事は塩沢版に比べると嘘臭さ(笑)が少なくて、ちょっとかっこ良さげだ。ちなみに容疑者のひとりは長年『サザエさん』で波平を務めていた永井一郎が担当しており、彼から波平役を引き継いだ茶風林(目暮警部役)と共演しているのも今観ると興味深い(かも?)。

 他にも灰原哀の元の姿の宮野志保(シェリー)にストーカーまがいの執着を見せるジンが、灰原そっくりのパーマヘアに変えた鈴木園子(松井菜桜子)を灰原と間違えて射殺しようとしたり、それに気づいた時にとっさに園子を守ろうとしたコナンが発する園子ねーちゃんパンツ丸見え!など、見どころやツッコミどころも多くて楽しい映画である。私も例のスタンスがなければ最高傑作のひとつに挙げていたと思う。

 ところで、本作の公開から5ヶ月後にはアメリカで超高層のツインタワービルがテロリストによって爆破された9.11事件が発生している。もしもコナン映画が春ではなく夏休み期間中に公開されるのが恒例であったら公開も危ぶまれていただろうか、とそんなことを思った。

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