あらすじ:英国人のローレンス一家は、休暇のひと時をスイスで過ごしていた。父のボブと娘のベティは現地で知り合った男性・ルイのスキージャンプを観た後、母のジルが出場しているクレー射撃大会を観に行った。ジルはベティが騒ぐ声や観客の時計の音に調子を崩され準優勝に終わるが、家族に落胆の色はなく、皆旅行を満喫していた。夜のディナーでルイが凶弾に倒れるまでは……。

メイキング

 1920年代のイギリスに彗星の如く現れ、『下宿人』『恐喝〔ゆすり〕』といった傑作を生み出したヒッチコック。だが、1930年代に入ると不調が続き、1932年から1933年にかけて立て続けに公開された『リッチ・アンド・ストレンジ』『第十七番』『ウィーンからのワルツ』はいずれも冷ややかな反応しか得られなかった。くすぶっていたヒッチコックの前に現れたのは、ゴーモン・ブリティッシュの映画プロデューサー・マイケル・バルコンであった。バルコンはヒッチコックが映画監督になるきっかけを作った人物で1927年の『ダウンヒル』までは仕事をともにしていたが、ヒッチコックがブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャーズ(以下・BIP)に破格の契約金を提示されたのをきっかけに別々の道を歩んでいた。普通なら激怒されてもおかしくない別れだったが、ヒッチコックの才能を買っていたバルコンは快く新天地に送り出したという。

 ヒッチコックは恩人と言っても良いバルコンから今後の予定を聞かれ、水面下で計画している作品の構想について話した。それはイギリスの小説家・サッパーが生んだ冒険家兼探偵・ブルドッグ・ドラモンドを基にしたサスペンス映画だった。ヒッチコックは脚本家のチャールズ・ベネットともに脚本を製作したが、BIPのプロデューサーが興味を示さないため陽の目を浴びそうにないと嘆いた。するとバルコンはBIPで作れないのならうちで作れば良いと言った。彼はBIPが持っていたブルドッグ・ドラモンドの映画化権を買い取ってまでヒッチコックにチャンスを与えてくれた。しかしこの心遣いは不要だったかもしれない。ゴーモン・ブリティッシュで計画が動き出すと脚本は大幅に変更され、ブルドッグ・ドラモンドが登場しないオリジナル作品になったからである。

 今作でヒッチコックにはどうしても起用したい俳優がいた。それはドイツで活動していた俳優・ピーター・ローレだ。ローレはフリッツ・ラング監督の『M』で誘拐殺人犯を演じて国際的に評価されていた人物だった。ヒッチコックもこの演技に感銘を受けたひとりで、彼を撮りたいという欲求に駆られた。アソシエイト・プロデューサーのイヴォール・モンタギューがローレに連絡を取ったところ、彼は現在ドイツではなくフランスにいることがわかった。彼はユダヤ系だったため、ナチス・ドイツの勢力拡大を恐れてフランスに亡命したが、そこでは仕事が見つからずひどく困窮していた。そんな折に受けた映画の出演依頼はまさに渡りに船であり、ローレは迷うことなく渡英した。彼には英語ができないという問題があったが、仕事の依頼を受けてから毎日猛勉強し、撮影が始まる頃には問題なく芝居ができるレベルの英語力を身につけてヒッチコックを関心させた。

 撮影は1934年の5月29日から8月2日にかけて行われ、9月末には『暗殺者の家』が完成した。しかしゴーモン・ブリティッシュの重役はこの映画を評価せず、公開を見合わせようとした。モンタギューの必死の説得によりお蔵入りは免れたが、失敗した場合のダメージを最小限に抑えるため、2本立て上映の2本目の作品としてひっそりと公開することになった。だが、その判断はすぐに誤りだとわかった。『暗殺者の家』は大衆に熱狂を、撮影所には莫大な収益をもたらしてくれたのだ。

逸話

カメオ出演シーン

なし

管理人より

 1930年代に入ったヒッチコックはいまいちパッとしない状態が続き、メディアからも落ち目だといわれていた。そんなヒッチコックを救ったのが『暗殺者の家』である。後年ヒッチコックは本作についてわたしの映画監督としての威信を回復してくれた作品(『映画術』より)と語っているが、実際この映画におけるクライマックスは最盛期のヒッチコックを思わせる壮大さがあり、これまでの3本のサスペンスとは一線を画す完成度の高さを誇っている。

 しかし、1956年にヒッチコック自らがリメイクした『知りすぎていた男』が完成したことで、この映画の存在感は完全に薄れてしまった。この時期のヒッチコックは人生で最高にノっていたし、スタッフも皆優秀で、出来上がったセルフリメイク版はオリジナル版を遥かに凌駕した絢爛さがある。加えてプロットがほぼ同一とくれば、今日においてわざわざオリジナル版を鑑賞する理由はほとんどないのである。

 唯一の利点といえば、上映時間が短いことだろう。リメイク版は120分だが、オリジナル版はその約半分となる75分だ。その分ストーリーもサクサクと進む。2時間も画面を観ていられないという方は、オリジナル版で手短に楽しむのもいいかもしれない。

スタッフ&キャスト

配役

暗殺者の家

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last up:2019/03/27