あらすじ:火曜日のロンドンを舞台にした連続殺人事件は、ついに7人目の犠牲者を生んだ。巻き毛のブロンド女性ばかりを狙う“復讐鬼”は、目撃証言によって顔の半分をマフラーで隠した長身の人物であると判明。巻き毛のブロンド娘・デイジーの実家が営む下宿屋に訪れた男性は、まさにその証言にぴたりと当てはまっていた。

メイキング

 監督デビュー作『快楽の園』、そして続く2作目の『山鷲』を完成させ、映画監督として歩み始めていたヒッチコック。だが、完成された映画は公開される見通しが立っておらず、世間的には知られていない存在だった。しかし、彼が所属していた映画会社・ゲインズボローの設立者で映画プロデューサーだったマイケル・バルコンから、ベロック・ローンズのミステリ小説『下宿人』の映画化を持ちかけられたのをきっかけに、その状況は大きく変化することになる。時は1926年4月のことであった。

 バルコンの話を承諾したヒッチコックは、『快楽の園』『山鷲』でも仕事をともにした脚本家・エリオット・スタナードに協力を仰ぎ、共同で脚本を完成させた。その期間はわずか1ヶ月ほどで、翌月の5月には配役を初めとしたスタッフや舞台美術も完備され、いつでも撮影できる準備が整った。主演に抜擢されたのは当時人気俳優だったイヴォー・ノヴェロで、準主演とも言えるヒロインにはマイナー映画をメインに活動していた女優・ジューンが当てられた。

 撮影は7月上旬に終了し、残りの作業も8月には終わった。9月にはさっそく配給業者向けに試写会が開かれたが、彼らの反応は芳しくなく、配給に待ったがかかってしまった。これに困ったのはヒッチコックよりもバルコンであった。当時のゲインズボローは経営が苦しかったため、ヒッチコックの映画をなんとしてでも当てる必要があった。金も惜しみなくつぎ込んだのに、上映すらされないまま闇に葬り去られようとしている——。その様子をじっと眺めているわけにはいかなかった。

 バルコンは作品を救うために字幕翻訳家のイヴォール・モンタギューに編集を依頼した。モンタギューは業界内で批評眼に優れている人物として知られており、彼のアドバイスを得られれば作品の評価を挽回できると考えたのだ。映画を鑑賞したモンタギューは作品を貶さなかった。それどころかむしろ優れた映画だと認めてくれたのである。その上で、一部のシーンの撮り直しと字幕の修正を施せばさらに魅力ある映画になると主張し、バルコンはそれに従った。

 再編集が終わると、今度は報道関係者向けの試写会が開かれた。そこでは前回の試写会とは打って変わって絶賛の声があげられた。バイオスコープ誌に至ってはイギリス映画史上の最大傑作かもしれない※1と評したほどだった。その熱烈な評価は一般人の間でも話題となり、公開前から多くの人の関心を引いた。翌年1927年の2月に一般公開されると、映画館の前には『下宿人』目当ての長蛇の列が朝から晩まで途切れることなく続いた。アルフレッド・ヒッチコックの名がイギリス中に広まった瞬間だった。

逸話

カメオ出演シーン

ヒッチコックのカメオ出演シーン
冒頭の電話中の男性、終盤の野次馬のひとりの2役

管理人より

 ヒッチコック初のサスペンスフィルム。彼がサイレントの形式で撮ったサスペンスは後にも先にもこの1作だけだ。そのせいかヒッチコッキアンのあいだでも評価が高いが、やはり監督の座について1年という期間で撮られたこともあり、のちの傑作と比較すると未熟さを感じる部分が多いのも否めない。とくにヒッチコックの十八番であるサスペンス性と疾走感の欠如には寂しいものがある。

 正直にいえば現在傑作として残っているサイレント映画のなかでは目を見張るほどの出来ではないと思うし、サスペンスという点に絞ってもフリッツ・ラングの『ドクトル・マブゼ』や『スピオーネ』のほうが質が高い。個人的にはヒッチコックファンのための映画という感じで、ヒッチコックに関心がない人には少しおすすめしがたい映画だと思う。

 本作は著作権切れとなっており、動画共有サイトで無償で観ることもできます。サイレント映画でセリフはすべて字幕で出てくるため、英語が苦手な人でも辞書を片手に観ればなんとかなるので、興味のある人は探してみて下さい。

スタッフ&キャスト

配役

Lodger(2012)

CD, Soundtrack, Import

出典

※1…ドナルド・スポトー(勝矢桂子・他 訳 山田宏一 監修)『ヒッチコック——映画と生涯 上

last up:2019/03/26