あらすじ:プラザホテルのバーで電報を打とうと立ち上がったロジャー・ソーンヒルは、面識のない男ふたりに拉致され、あやうく殺されかける。どうやら立ち上がる直前に店内放送で呼び出された“ジョージ・カプラン”なる人物に間違われたことが原因らしい。人違いであることを証明すべく“カプラン”を探し始めたロジャーだったが、それはこれから始まる長い戦いのほんの序章に過ぎなかった。

メイキング

 前作『めまい』の撮影終了後、ジャマイカで休暇を取っていたヒッチコックのもとに、アーネスト・レーマンからひとつの原稿が届いた。レーマンは『麗しのサブリナ』や『傷だらけの栄光』などの脚本で注目され始めていた若手の脚本家で、ヒッチコックから『めまい』の次に作る映画の脚本を任されていた。当初はハモンド・イネスの小説『メリー・ディア号の遭難』の映画化を計画していたが、レーマンはどうしても書き上げることができず、ヒッチコックに自分を降ろして新しく脚本家を雇ってくれと頼んだ。しかしヒッチコックが降ろしたのは『メリー・ディア号の遭難』の計画の方で、レーマンは新たにオリジナル作品の脚本を依頼された。それはヒッチコックがかねてから構想していたもので、国連本部で殺人事件が起こり、話が進むにつれラシュモア山で逃走劇が繰り広げられるという内容だった。休暇中のヒッチコックの下に届いた原稿こそが、その映画の脚本であった。ヒッチコックは一読してその出来に大いに満足し、レーマンに賞賛の手紙を送ったほどだった。

 撮影は1958年の8月から開始された。主演はヒッチコックお気に入りのケーリー・グラント、相手役はエリア・カザン監督の『波止場』でアカデミー賞を受賞したエヴァ・マリー・セイントを抜擢。ニューヨーク、シカゴ、ラピッドシティ、ベイカーズフィールド、ラシュモア、そして撮影スタジオのあるロサンゼルスと、場所を転々とした撮影が行われた。12月には撮影が終了し『北北西に進路を取れ』のタイトルがついた本作は、翌年1959年7月に一般公開が始まった。制作費は予定よりも100万ドルほど超過したが、それも問題にならないほどの大ヒットを記録。現在に至るまで“ヒッチコック・ピクチャーの代表作のひとつ”として語り継がれる傑作となった。

逸話

カメオ出演シーン

ヒッチコックのカメオ出演シーン
© 2009 Turner Entertainment Co. and Warner Bros. Entertainment Inc. All rights reserved.
冒頭でバスに乗り遅れる人

管理人より

 主演のケーリー・グラントはこの映画の撮影中、なんてひどいシナリオだ。もう最初の三分の一の撮影がすんだというのに、何がなんだかさっぱりわからん※1と口にしたという。その言葉どおり、終盤に入るまでは“主人公は命を狙われているらしい”以外のことはなにもわからない。「“ジョージ・カプラン”とは何者だ?」「命が狙われる理由はなんなのか?」主人公と同じ疑問を抱えてしまった観客がそれを解消する術は、映画を見続けることだけである。その強引に関心を引き寄せる手法がとてもヒッチコックらしい。

 観客を驚かせることに映画技術のすべてを注いでいたヒッチコックは、観客の意表をつきたいがために、フィクションにつきものの“お約束”をよく破った。『北北西―』のDVD・blu-rayジャケットになっているシーンも、ミステリやサスペンスに見られる定番とはまったく違うことをやりたいという考えから生まれた。そのシーンを最大限に活かすべく、観客を焦らせるだけ焦らせ、直前になってやんわりと答えを示し、心の準備を整わせたのちに、期待に応えてみせる。その間のとりかたとスピード感が実に素晴らしい。まさにヒッチコックにしか撮れないヒッチコック的な映画である。

スタッフ&キャスト

配役

北北西に進路を取れ

オフィシャルBlu-ray(DVDも有)

出典

※1…フランソワ・トリュフォー(山田宏一 蓮實重彦 訳)『定本 映画術 ヒッチコック/トリュフォー(改訂版)

関連エントリー

last up:2019/03/29