あらすじ:ドーセットシャーの片田舎に住むリナ・マックレイドローは、ある日、地元小村を支配するミドル・ハム卿のいとこに当たるジョニー・アスガースに出会い、熱烈なアプローチを受ける。フェミニズムに傾倒した過去がありながら、古風な女性観を持つ家族の影響を受けて結婚を渇望するようになっていたリナは、ジョニーの想いに歓喜し、ついには結婚に至る。だがその8年後、リナは確信する——夫が殺人者であることを。

江戸川乱歩も認めた書

 『毒入りチョコレート殺人事件』で知られるアントニイ・バークリーが“フランシス・アイルズ”名義で発表したサスペンス小説で、アルフレッド・ヒッチコックの映画『断崖(原題:Suspicion)』の原作としても知られる1作。わずか3行で主人公が殺人者と親密な関係を持っていることを告げるイントロダクションは実に強烈である。その後も、平穏な生活のなかに忍び寄る悪夢が現実のものとして爆発するまでの過程が見事に描かれており、読み応えは充分だ。

 主人公のリナは知的で聡明であると説明されるが、作中での彼女は夫の度重なる裏切りと悪事に接しながらも、彼とともに暮らし続けるという愚劣極まりない行動を取る。しかしその心の動きは的確に描写されているため、読み手は苛立ちや不安を覚えながらも、理解できないと放り投げてしまうことはないだろう。愚行の限りを尽くすジョニーにも、最後の最後でようやく——ほんのわずかに——人間らしさを灯す瞬間が訪れる。けれども、この物語が一貫してリナの視点から描かれていることを考えると、果たしてその灯火が本当のものだったのかと疑うこともできる。もしかしたら、リナのせめてもの救いを求める気持ちがみせた幻覚のようなものだったのか……。こうした思いを巡らせる余地を残した結末も、実に素晴らしいと感じた。

 ヒッチコックの映画では、この美しい結末は大きく姿を変えている。もはや物語がまったく別物になってしまうほどで、当時は原作ファンから強い批難を浴びたらしい。この映画独自の結末に導くためなのか、原作のジョニーが持っていた女性への執着心はすっかり削ぎ落とされており、また金銭感覚の異常性についてもずいぶんと“改善”されている。それでも性格的に難があるのは確かなので、最後のリナの行動には「なぜそうなる?!」という驚きと呆れを感じてしまった。愚かさと同時に同情心を覚えさせた原作のリナとはずいぶんと印象が異なっている。

 ドナルド・スポトーによるヒッチコックの伝記本『ヒッチコック—映画と生涯』によれば、ヒッチコックはこの映画化作品を「リナの猜疑心が生みだしたストーリー」に仕立て上げたかったようだ。それを念頭に置いてみれば映画の結末も納得できないことはないのだが、やはり原作と比べると一段劣っているように思う。本書(創元推理文庫一二四 1976年6刷)の解説によれば、江戸川乱歩は原作小説と映画の両方を目にしたうえで前者に軍配を上げたそうだ。私は『断崖』を撮ったヒッチコックを敬愛しているが、この江戸川乱歩の意見には賛同せざるを得ない。

 サスペンス小説としてはかなりのものを持っていると思われるのに、現在では入手困難な状態になっているのがとても残念だ。いずれまた、なんらかの形でスポットライトが当たることを願ってやまない。

last up:2016/02/04