あらすじ:2001年9月11日、ニューヨークの象徴だったワールド・トレード・センターのふたつの高層ビルは、旅客機2機の捨て身の攻撃を受けて倒壊した。「ボーイング707が衝突しても倒れない」と謳われた世界屈指の建物はなぜ無惨な形で姿を消したのか。生存者や遺族・知人の証言、犠牲者が死の間際に発した電話や交信の記録、ビル設計当時の資料などから映し出す、旅客機衝突からビル崩壊までの102分間の物語。

事件の絶望と希望に真摯に向き合う1冊

 かつてのアメリカ・ニューヨークには、空高くそびえる超高層ビルがふたつ存在していた。ワールド・トレード・センターの第1棟と第2棟——通称“北タワー”と“南タワー”である。110階建て・高さ300メートル以上という脅威の数字を誇ったこの建物は、2001年9月11日、世界中の人々が見守る中で倒壊した。原因はアフガニスタンのテロ組織・アルカイダにハイジャックされた旅客機2機の体当たりを受けたことだった。1機目は北タワーに衝突し炎上。それから16分後、世界中のメディアがライヴ中継でその様子を伝えていた最中、隣の南タワーにも旅客機が衝突。その57分後に南タワーが崩れ、さらに29分後には北タワーも瓦礫と化した。このテロで当時ワールド・トレード・センター内にいたおよそ2,600名が犠牲になった。

 アメリカ政府はこの攻撃の全責任をアルカイダに被せ、アフガニスタン紛争・イラク戦争を勃発させた。しかし本書では「テロによって起きた悲劇は、本当にすべてアルカイダが原因なのか?」という視点を持っている。もちろんアルカイダの犯行は非道である。しかし、もしも倒壊したタワーがワールド・トレード・センターの言うように「ボーイング707がぶつかろうとも倒れない」設計であったら、もしも北タワーが攻撃された直後に南タワーで適切な避難誘導が行われていたら、もしも殉職した警察官と消防士がビルが倒壊の危機にあることを知っていたら、ここまでの犠牲者が出たのだろうか。そして、これらの「もしも」は、本当に「もしも」で終わらせていいことなのか? それが本書のテーマだ。

 おそらくこの手の本は結論ありきで書かれている。だから本書もビルの設計には問題があり、適切な避難誘導は行われず、警察官や消防士はビルが危険な状態にあることを知らなかったとしている。そのほかにも様々な細かい問題を取り上げ、すべてが正しく機能されていれば犠牲者の数はもっと少ないものになっていたはずで、それは決して不可能なことではなかったと主張する。問題は、その結論に対して説得力のある情報が書かれているかどうかだ。

 テロのすべてをアルカイダの責任にしたい人々にとっては苦々しいことだが、この本には著者の主張に説得力を持たせるに充分なことが書かれてあると感じた。

 耐火試験が行われないまま使用された耐火材、1993年の爆破テロ——ワールド・トレード・センターの地下駐車場に駐めてあった車が爆発し、6名の犠牲者が出た事件——でも威風堂々と聳え立っていたビルへの過剰な信頼感から避難に遅れる人々、長年の確執や訓練不足によって情報の共有が行われなかった警察と消防など、素人目から見てもあんまりにあんまりな情報がこれでもかと言わんばかりに詰め込まれている。ビルの倒壊や警察・消防の殉職者の多さにも納得がいくというくらいで、なんとも絶望感が漂う。

 一方で、35キロも離れた場所にある地震研究所でも揺れが観測されるほどの激しい衝撃を受けたビルにいながら、名前すらろくに知らない人々を救おうとした民間人たちの姿はある種の希望を感じさせた。炎による熱気と煙に覆われ瓦礫の山と化した建物の中、上層階に自ら救助に向かった人はもちろんだが、たまたま近くにいた人に手を貸した人、非常階段で地上を目指しながらも怪我人の存在を知ると自発的に道を譲った人たちも、人間には確かに良心があることを教えてくれる。

 しかし、そうした問題点や人々の行動を詳細に記しているために、400ページにも満たない本とは思えないほどの情報量があるように感じられる。舞台は北タワーと南タワーを行ったり来たりするし、年代も事件発生の2001年からビルの建設計画が立ち上がった1960年代までを飛んだり帰ったりする。ビルの構造を解説する回数や言及される人名も多く、読んでいると頭にひどい圧迫感を覚える。それを柔らげるためなのか、事件には直接関係がないような話——例えばビルに閉じ込められた人からの遺言や、事件発生前の人々の会話や行動といったエピソードが挟まれることもあるが、それでも読者にとって親切な本になっているとは言い難い。

 だが、おそらく著者は読者に易しくない本だということは百も承知で執筆したのだと思う。生き存えた人からの証言、犠牲者の遺族や知人へのインタビュー、残された交信記録から得た情報のすべてが貴重で、広く知られるべきものなのだと判断したのだろう。本当ならもっと多くの情報を盛り込みたかったところを、ぐっと堪えてこの量に絞ったのではないか。そう憶測できるくらいの熱量を感じられる本だ。

 もちろん、この本に書かれたことがすべて真実なのかはわからない。しかし、歴史がわたしたちの生きるべき道を指し示すものとなるためには、それを書き記すにあたっては何ものにもひるむことなく、ありのままの事実を書きとめるべきだという著者の主張の通り、限りなく真実に近づこうとした形跡は確かに見える。安易なヒロイズムやお涙頂戴に走ることなく淡々と真実を探っていく、そんな真摯な姿勢が垣間見える1冊だった。

last up:2017/07/05