あらすじ:四魂の欠片を求めて旅をする犬夜叉一行の前に、かつて犬夜叉の父と戦い破れた大陸の大妖怪・飛妖蛾の息子である瑪瑙丸とその手下の瑠璃・玻璃が現れた。彼らは一行をおびき寄せるため、雲母とかごめを連れ去っていった。残された犬夜叉たちは仲間を救出すべく、瑪瑙丸の住処である「時代樹」に向かう。

ファンに堅実にアピールした劇場版

 『犬夜叉』は現在週刊少年サンデーで『境界のRINNE』を連載中の高橋留美子の前作にあたる漫画だ。ロマンチックなラブストーリーと犬をモチーフにした愛らしいキャラクターデザインなどから女子人気も高かった漫画で、2000年にはテレビアニメ化もされている。当時は一般的な知名度も高かったが、テレビアニメの放送終了から13年、原作の連載終了からも9年の月日が過ぎている現在では10代の子のほとんどは知らないだろう。劇場版アニメは4作発表されていて、この『—時代ときを越える想い』は第1作目になる。劇場には足を運んでいないけれど、いつぞやテレビで放送された時に観たような記憶もある。が、それももう10年は前の話だから内容はさっぱり覚えていない。

 映画が始まってみると、まずテレビシリーズとはずいぶん違うキャラクターデザインに目を引かれた。クレジットにおけるキャラクターデザインは菱沼義仁(※この方がテレビシリーズのキャラデザをしている)と本橋秀之の2人。キャラデザに2人がクレジットされるのって珍しいような。これはふたつのデザインを基にしているってことか? 少なくとも作中の画を見る限りでは妙に画のテイストがコロコロ変わる。テレビシリーズとは違う画だなあと思ってたら、時折テレビシリーズっぽいデザインに戻ったりとせわしない。

 さらに色数が少ないせいなのかキャラクターがのっぺりして見えるなどチープさを感じるカットがある一方、別のカットではめちゃくちゃ秀逸なアニメーションを見せてくれたりと、デザインだけでなく作画やアニメーションの差も激しい。“崩れてる”とか言うほどヒドくはないけど、人気アニメの劇場版にしては伸び伸びした感じがなく、ちょっと微妙に映る作画であった。

 脚本は“劇場版用に作られた敵キャラクターが登場し、色々と翻弄されながらも頑張って倒す”という劇場版にありがちな可もなく不可もない無難なものだが、原作(アニメ)の主要のキャラクターはみんな《らしさ》を保ったまま活き活きとしていて、ファン向けの映画としての出来はかなりイイと思った。逆に言えばファン向けにほぼ特化した作りで、『犬夜叉』における基礎的な設定はほとんど説明されないまま進行していくため、原作を知らない人が観てもいまいちハマれない感じはする。まあ原作を知らない人でこの映画を観るなんて人もあまりいないだろうし、こうした割り切った作りもアリっちゃアリだと思う。

 先に書いたようにキャラクターはみんな丁寧に描かれていたけれど、中でも良かったのは珊瑚(桑島法子)と雲母だった。犬夜叉(山口勝平)とかごめ(または桔梗@日高のり子)、弥勒(辻谷耕史)と珊瑚ではなく、珊瑚と雲母。これは私が『犬夜叉』で珊瑚が1番好きだからそう感じるのかもしれないが、しかし珊瑚と玻璃(川上とも子)に操られた雲母との戦闘シーン、正気を戻しかけた雲母が妖術を解こうともがくシーンなど、珊瑚と雲母の見せ所で披露された重みのあるアニメーションは珊瑚か雲母に愛がなければ描けないと思うような素晴らしさだったし、ふたり(ひとりと1匹?)のストーリーもアッサリはしていたものの愛があった。きっと、もっとふたりの絆をピックアップしたかったスタッフがいたに違いない。だって、高所から落ちていくかごめを助けるのも珊瑚と雲母なんだぞ。犬夜叉ではなく、珊瑚と雲母。これはもうぜったい珊瑚と雲母贔屓がメインスタッフにいるはずだ。

 原作・アニメファンにのみ焦点を絞った映画なので普遍的な存在にはならないだろうけど、そのぶんファンの期待をしっかり掴みにいった堅実映画だった。原作が好きな人なら観て損はないだろう。

last up:2017/01/31