あらすじ:2015年、突如地球上に謎の怪物が現れた。のちに“ギャラクター”と呼ばれるようにそれは、わずか17日の間に世界の半分を侵略していった。為す術もなく滅亡の一途を辿り始めた人類は、唯一ギャラクターに対抗できる力を持つ“石”を操れる“適合者”たち——健・ジョー・ジュン・甚平・竜——に運命を託した。果たして彼らは人類を救えるのか?!

首をかしげすぎて画面を直視できない

 公開当時はかなりの不評を買った映画で、かつて映画史上の大駄作と評された『デビルマン』や『CASSHERN』に並ぶとも言われた作品。実は私はつい3日前に『CASSHERN』を観て評判通りのヒドい映画だなと思ったばかりだったりする。こういう場合、次は無難な評判のものを観る方が精神的にイイとは思うので少し間を空けてから観る予定だったんだけど、ちょっとした手違いで立て続けに観るハメになった。

 『ガッチャマン』を観たくなった理由は、先日観たOVA版の『Gatchaman』が面白かったから。あとは剛力彩芽が出ていることも大きい。先に評判を知ってしまったがゆえに不安があったが、実際に観てみると評判通りのヒドさだった。

 映画が始まった途端、『劇場版おはよう忍者隊ガッチャマン』なる謎のアニメーションが始まる。どうも2011年から2013年までの間に朝の情報番組『ZIP!』内で放送されていたアニメを劇場に持ってきたらしいのだが、劇場に持ってくる意味がわからない。しかも内容はかなり寒い。特に『松坂桃李』って名前に『桃』入ってんじゃん!『桃』ウケるーという名前イジりは最高に面白くない。確かに個性的な名前ではあるけど、イジるほど変ではない。というか単純に失礼だろ。この妙なコントアニメによって開始早々HPを削られる感じになる。

 アニメパートが終了すると、ようやく実写版の本編が開始。冒頭では2015年にギャラクターなる謎の怪物が地球を襲ったこと、彼らには人類が開発してきたあらゆる武器を無効化する特殊能力があること、地球に舞い降りてからわずか17日で地球の半分を侵略していったことなど、基本的な設定がナレーションで語られる。そしてタイトルがデーンと表示されたあと13年後の東京が映し出されるのだが、そこはなぜかびっくりするくらい平和そのものなのだ。一応あちこちに自衛隊が待機していてものものしさは出ているけれど、みんなフツーに歩いているしご飯を食べているし買い物もしている。「わずか17日で世界の半分が侵略された」というナレーションは一体なんだったのか?

 しかしそんな平和な東京にも、ついにギャラクターが攻めてきた。攻め込んできたギャラクターたちに対して自衛隊員らは勇ましく立ち向かうのだが、その時に使用している武器がどう見ても普通の小銃。さっき「ギャラクターに既存の武器は効かない」って言ったばっかりじゃん! 東京に攻めてくるまでに13年もの猶予があり国際的な対ギャラクター組織まで設立されているというのに、今まで一体なにやってたんだよ。案の定、自衛隊員はギャラクターにどんどん蹴散らされていく。まさに犬死である。

 そんな折、ようやく対ギャラクター計画最上の存在であるガッチャマンが始動する。彼らはこの日に備えて東京で潜入捜査を行っていたらしい。平和な東京で潜入捜査ってのもよくわからないが、とにかく彼らはガッチャマンに変身する。登場シーンはアニメ原作らしく敵の武器の上にシュタッと降り立つというシチュエーションだが、このカットが破滅的にカッコ悪い。

シュタッと降り立つガッチャマン
© タツノコプロ/2013 映画「ガッチャマン」製作委員会

 「着地する瞬間にギャラクターのソードがガッチャマンの足に引き寄せられている」「着地までにガッチャマンの足のフォームがほとんど変わらない」「シュタッ! って効果音に重みがない」などカッコ悪く見える原因は色々あるだろうが、そもそも実写で「手持ちの武器の上にシュタッと降り立つ」というシチュエーションをやること自体に無理があるんだと思う。この手の重力を完全に無視した演出はアニメや漫画みたいに画面が完全にフィクションだからこそできるもので、画面いっぱいに現実を写している実写では違和感を拭いづらいんじゃないかな。まあ絶対にできないってことはないだろうけど、やる場合はもっとフィクション的な重力感を作らないと厳しそうだ。

 登場シーンがイマイチだったガッチャマンは衣装もイマイチ。というか単純にカッコよくない。オリジナルにおける身体のラインが見えるシンプルなデザインはどこへやら、『新世紀エヴァンゲリオン』のプラグスーツをゴツくしたような陳腐なスーツを身にまとう。ヘルメットのデザインも最悪で、恵まれたスタイルを持った俳優陣をキャスティングしたはずなのに、みんな妙に頭がデカく見えるのだ。特に健(松坂桃李)はかなりヒドい。中盤ではガッチャマンとして戦わなければいけない運命に嫌気がさしているジュン(剛力彩芽)がこれを醜いスーツと呼ぶのだが、そのセリフに違う意味合いを感じ取って思わずニヤッとした。

 その後ギャラクターと袂を分かったイリヤと落ち合うのだが、その場所がなぜか招待客しか入れないセキュリティが異様に厳しい仮面舞踏会の会場。正式に招待されていない健とジュンは甚平(濱田龍臣)に他の招待客の情報をハッキングしてもらうことで会場に入ろうとするものの、甚平の作業が遅れたせいでスムーズに入場できない。これがちょっとしたサスペンスを演出するのだけど、「なんでこんな場所で落ち合うの?」とか「甚平がハッキングできてから入場すればイイじゃん」とか色々な違和感が湧き出てきてちっとも面白くない。演出自体は悪くないと思うが、御膳立てができていないせいで丸ごと台無しになっているのが悲しい。

 ほかにも健がホットドッグばかり食べるという謎の習慣、竜(鈴木亮平)の義母がもう長くないという謎の話、人民救助中の輸送車の中でプロポーズという意味不明なシチュエーション、キーパーソンなのに存在感のないナオミ、もったいぶった形で登場するのがただの中村獅童など、とにかく「なんで?」と疑問を浮かべるシーンが多いせいで、どうも集中して観ていられない。俳優陣もCG班もそれぞれの仕事は悪くないのだけど、互いの動きと反応が噛み合っていないように見えて違和感ばかり覚えてしまう。CGと組まない俳優のみのアクション、俳優と組まないCGだけの演出はわりと見栄えがイイのだが……。

 公開当時、特に悪評が目立ったのはジュンを演じる剛力さんだろう。当時はオスカープロモーションによる剛力さんプッシュが激しかった時期で、ドラマからCMから音楽からなんとかアワードから、あらゆるところに剛力さんが登場しており「プッシュがうるさすぎる」として反発心を感じる人がかなり多かったらしい。評判が悪かった『ガッチャマン』で剛力さんに批判が集中したのも、この流れによるものだと思う。だけどそうした事情を排除して映画を観ると剛力さんはかなりイイ仕事をしている。特にアクションシーンでのキビキビした動きはさすがダンス経験者という印象。ジュンという役柄にしても『超映画批評』に書かれたようなケンとどうすればヤれるのか、そんなことばかり考えているように見えるというほど恋に盲目的ではないし、そんなにヒドいとは思わなかった。

 むしろその辺は先述した輸送車内でプロポーズとか恋人の復讐を優先して任務を破るジョー(綾野剛)の方がよっぽどヒドい。ジョーはアニメでは主人公の健を差し置いて1番人気があったと言われているが、映画での彼はまったくと言っていいほど魅力がない。演じる綾野剛のおかげで一匹狼的なカッコよさは見えるのだが、ただそれだけである。でもジョーが健よりカッコいいというのはアニメ通りだ。もっとも、ジョーがカッコいいというよりは健がカッコよくないだけだけど。ぶっちゃけ、ここでの松坂さんはちっともカッコよくない。俳優・綾野剛が持つ独特の存在感に完全に喰われちゃってる感じだった。原作のデザインを見ても綾野さんの方が健に、松坂さんの方がジョーに近いと思うし、配役を逆にした方が良かった気がする。

 映像だけを観れば、正統派のヒーローものを目指して愚直に走っているのが感じられて好印象ではあるのだが、脚本に厚みがないせいで映画として2時間近く観るのは非常に辛かった。でも『CASSHERN』とどっちが良いかと言われると、断然『ガッチャマン』だな。『CASSHERN』はキャシャーンが登場する前にもう飽きてたし、いいところもまったく浮かばなかった。でも『ガッチャマン』は俳優陣のアクションやCGなどに希望は見えたし、まったくの無駄な映画というわけではないと思う。それでも続編をやる気マンマンのラストには度肝を抜かれたが。それならもうちょっと脚本をどうにか……と思わずにはいられなかった。

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last up:2017/01/25