あらすじ:隕石とともにやってきた謎の生命体・ファントムに支配されつつある地球。滅亡の危機に陥った人類は、対ファントム兵器「ゼウス砲」を発動する準備を進めていた。ゼウス砲は地球もろとも殺してしまうと考えるシド博士とアキは、地球を傷つけない「融和波動」の実現を目指すが……。

スクウェア最後のファンタジー

 『ファイナルファンタジー』シリーズと『ドラゴンクエスト』シリーズを発売している「スクウェアエニックス」は、もともとは「スクウェア」と「エニックス」という別々の会社であった。スクウェアは『ファイナルファンタジー』、エニックスは『ドラゴンクエスト』という国内屈指の人気RPGを持つ両社はともに一流企業として知られており、互いを強く意識しているようにも見えた。それゆえに2002年に合併が発表された時は社会にかなりの衝撃を与え、なぜ順風満帆に見えたふたつの会社が合併に至ったのか、様々な憶測も飛び交った。

 そんな中、多くの人が合併の原因と予想したのが今回の映画『ファイナルファンタジー』である。日本国内のみならず世界中で高い人気を誇る同名ゲームの映画化であり、かつ世界初のフルCGアニメーションということでそれなりに話題にはなったのだが、評判は芳しくなく、客足も伸びなかった。これによってスクウェアは百億円以上もの損害を被ったと噂されたが、それからわずか1年程度でエニックスとの合併が発表されたものだから、「火の車になったスクウェアがエニックスに泣きついた」というストーリーを想定した人が多かったのだ。

 この説が本当に正しいのかどうかはわからない。だが、ここで大事なのは「スクウェアとエニックスの合併は『ファイナルファンタジー』の映画が失敗したせい」という説に多くの人が納得するくらい映画がコケたことである。当時は今みたいにレビューサイトが盛んではなかったし、TwitterやFacebookなどのSNSもなかったから、不人気映画の観客の声はあまり伝わらなかったはずだ。にも関わらず、結構な数の人が「『ファイナルファンタジー』の映画はコケたらしい」と知っていた。要するに、それほど見事なコケっぷりだったわけだ。そんな問題作を16年(!)の月日を経てようやく観賞。結論から言えば評判通りの映画だった。

 舞台は謎の生命体・ファントムの脅威に怯える地球。地球人は平穏な地球を取り戻すべくファントムを滅亡させようと対ファントム兵器・ゼウス砲を生み出したが、科学者のシド博士とその部下であるアキは、地球自体が生命(スピリット)を持っているという「ガイア理論」を支持しており、地球すら殺しかねないゼウス砲の使用に反対している。代わりに8つの生命体からなる融和波動を利用すれば地球を傷つけることなくファントムに対抗できると主張するものの、ガイア理論を空想の産物と考えている政府側はまったく意に介さず、ゼウス砲の発動計画を着々と進めていく——と、まあこんな感じのストーリーである。

 実のところ、ここまでのストーリーを書くのにも苦労したくらい、この映画は意味がわからなかった。まずもって世界設定が充分になされていない。最初、アキは宇宙にいるのだが、すぐに地球に降り立って荒廃した街を歩き回る。そのあとわりとちゃんとした設備がある街に移動するのだが、この街が地球なのか宇宙なのかよくわからなくて、いきなり悩んでしまった。アキは宇宙から地球に向かったのだから帰る場所も宇宙かなと思ったけど、どう見ても重力があるからやっぱり地球だろうか、いやでも最新技術で宇宙空間にいながらも重力を保てる方法が確立しているのかもしれないし、宇宙に行けるならファントムがウヨウヨいる地球に残ってないよな——などなど、噴水のごとく疑問が溢れてくる。

 こうした説明不足は映画全体に蔓延っていて、なにもかもが適切な説明を受けないままストーリーが進行していく。物語の鍵となるファントムすら「謎の生命体」以外の情報がない。まあ「謎の生命体」とだけ理解していればいいのかと思って観ていると、中盤でいきなり「ファントムは実は生命体じゃなくて亡霊だったのよ。だから倒せなかったのね」などと理解していた設定を否定しだす始末。というか、それまでにグレイたちは専用の武器でファントムをバンバン撃って倒しているのに、なぜ倒せないと言い出すのか意味がわからない。そもそも普通に攻撃できるものを“亡霊”と言っていいのか? とか、やっぱり色々と考えてしまって結局はよくわからない。とにかくわからないことだらけで、なにがわからないのかもわからないぐらいだった。

 ストーリーの荒っぽさだけでなく、キャラクターの奥行きのなさもなかなかヒドい。みんなちっとも生きている感じがしないのだ。デザインがCGだからというのもあるだろうが、それ以上に言動が型にはまりすぎているのが問題だろう。元恋人同士と言いながら深い関係性が描かれないアキとグレイに加え、グレイの部下3人——お調子者のニールも、紅一点で勇ましいジェーンも、誠実そうな黒人のライアンも、いちいちハリウッドに出てきそうなキャラクターをなぞっただけみたいな薄っぺらさしかない。

 おそらくモブキャラがほとんど出ないのも薄っぺらく感じる一因だろう。普通の映画だと街の様子なんかが描かれて「この人たちもメシ食ってトイレ行って風呂入って……って人間のサイクルをやっているのだろうな」と思わせるけど、この映画ではモブキャラがほぼゼロで街の生活も描かれない。まるで主要キャラ以外の人間が存在しないかのようだ。それを裏付けるように、街にファントムが押し寄せてくると街の人々を考慮することなく主要キャラだけで逃げ始める。一般人ならともかく、この人たち軍人なのに。なにやってんの。もっとも、ニールとジェーンとライアンは逃げ切れずに死んでしまうのだが、悲壮感はまったくない。

 で、色々あって最後に生き残ったのはアキとシド博士と謎の鳥(説明なし)だけ。地球はただ3つの生命体だけが生存する星になった。確実に生命体滅亡しちゃうじゃん(笑)。序盤にアキが雑草(8つの生命体のひとつ)を手にして「これはグレイたちの命より大事」という旨の発言をした時は「地球を救える雑草なのかもしれないけど『人命より大事』はねーよ。地球が救えても人がいなかったら意味ないじゃん」と思ったものだが、まさか本当に地球さえあれば人類がおらんでもエエというオチになるとは思わなんだ。

 2001年に公開される直前に観た特番では「坂口監督は母親を亡くした経験から『ファイナルファンタジー』に命に関するテーマを組み込んできた」みたいな解説がされていたので、てっきりダメ映画にありがちな「命を大切にね」の説教が始まるもんだと思っていたら、いきなりこの人命軽視発言が飛び出したのでびっくりした。これじゃあマッド・サイエンティストじゃん。映画的には政府側でゼウス砲を撃ちたくてムズムズしているハイン将軍の方をイカれた人間にしたかったのだろうが、私からするとアキの方がよっぽどヤバくて理解不能だった。

 当時劇場に足を運んだ人はみんな判を押したように「映画の出来はアレだけどCGはスゴい」と言っていたものだが、CGに疎い私はこれがスゴいレベルのCGなのかもよくわからないので、結局すべてがよくわからない映画だった。

 元になったゲーム『ファイナルファンタジー』のタイトルは、当時のスクウェアが借金まみれだったため「このゲームが会社の最後の作品になる」という意味でつけられたと言われている。しかしそんな社内の予想に反するかのようにゲームは大当たりし、最後の作品にはならなかった。だが、その映画版は見事にコケてしまい、長いタイムラグを経て本当にスクウェアを終焉させた。ある意味スクウェアは『ファイナルファンタジー』に始まり『ファイナルファンタジー』に終わった会社と言えるのかもしれない。

last up:2017/02/21