あらすじ:宗教団体・ニルヴァーナの施設で母と妹とともに修行に励む生活をしていた少年・光一。だが、団体が犯罪組織として摘発されると、自分は児童相談所に入れられ、母は指名手配犯として行方知れずに、妹は東京にいる祖父の下に引き取られていった。光一は家族を取り戻すため児相を抜け出し、偶然出会った少女・由希と東京を目指す旅に出る。

現実的すぎるようで非現実的すぎる映画

 ずっと興味を持てなくてスルーしていたが、NHKの朝ドラ『べっぴんさん』での谷村美月の演技に感銘を受けて彼女の子役時代を観てみたくなった。

 主人公の光一(石田法嗣)は母と妹の3人で宗教団体・ニルヴァーナに出家し、一般社会から隔離された生活を送っていた。しかしニルヴァーナは目的のためなら殺人も厭わない凶悪な反社会的組織で、その事実が明るみになると組織は崩壊。母は組織の重要人物として指名手配を受け失踪、光一と妹は児童相談所へ送られた。兄妹は祖父に引き取られる予定だったが、祖父はニルヴァーナへの信仰心を残す光一を捨て、妹だけを連れて去って行った。光一は妹を取り戻すため児童相談所から脱走し、遠く離れた東京にある祖父の家へ向かう。

 途中、光一は田んぼ道を飛び出した自分を避けるようにして横転した自動車に乗っていた少女・由希(谷村美月)と出会う。由希は父子家庭だが父から激しい暴力を受けており、その現実から逃げるようにして、大人を手玉に取り金を稼ぐ行為を繰り返していた。由希は苦しい思い出の詰まった地元から脱出するため、光一とともに東京を目指すことを決意。こうしてふたりの家族を求める旅が始まった。

 物語は光一と由希が東京を目指す現在進行形の映像に加え、時折過去の光一が身を置いていた宗教団体・ニルヴァーナでの生活を挟む形で進んでいく。明示はされないものの光一の母がニルヴァーナに身を置いたことや、出家当時は反発ばかりだった光一が信仰心を得るようになった理由もそこはかとなく匂わせており、違和感を覚えることなく物語に入っていけるのがいい。また一応は光一を主軸としながらもパートナーの由希やその他登場人物を皆しっかりと描写しているため、人物もすんなり理解できる。観賞における障害物がほぼ全くなく、純粋に完成度が高いと感じられる映画である。

 では好きかというと——微妙だ。いい映画ではあると思う。でもどうしてもオウム真理教をヒントにして作られていることが引っかかる。もうヒントというレベルではなく、ほとんどそのままオウム真理教を持ち込んでいると言ってもいい内容の映画だ。だけどニルヴァーナという教団名や登場人物を見れば、あくまでフィクションとして作られていることは容易に理解できる。そして、こういう構成のフィクションというのも山ほどあるだろう。しかしオウム真理教となると話は別だ。

 私はオウム真理教があぐらをかいて必死にぴょんぴょん跳ねてるだけのけったいな男性を崇めるヘンテコ集団であった時期を知っているギリギリの世代だと思う。その後現在知られるような反社会的集団だったことが明るみになった時の衝撃もわずかながらに覚えている。そんな私には、オウム真理教は存在が大きすぎるのだ。おそらく、あの時代を生きた多くの日本人にとってもそれは同じだろう。要するにこの映画はフィクションと割り切るにはあまりにもオウム真理教すぎるし、ノンフィクションとして割り切るにはあまりにもオウム真理教からかけ離れている。そのどっちつかず感が妙に気持ち悪い。なんか、身内の人生を他人が書いた伝記本を通して理解しようとしているようなアベコベ感がある。

 また、終盤の展開が気に入らないのも【微妙】という結論に至った理由の一つだ。インパクトのある実際の事件を基にして作り、かつ現実的に見せるような淡々とした演出で作られたストーリーに、あのあまりにも現実離れした光一の変貌は文字通りの噴飯モノであった。本当に吹いたよ、私は。よくある演出とはいえ、ここまで現実に寄せた映画でなんでそれを採用しようと思ったのか、さっぱりわからん。エンディングも流れた瞬間に「これじゃねえよ(笑)」と思った。なんだあの、ラップロック? ミクスチャー? よくわかんないけど、とにかく映画とは猛烈に合っていなかった。なぜあの選曲なんだ……。

 しかしやはりそうした不満はあっても役者の演技や淡々とした演出・ストーリー運びなど優れた点が多いのは確かで、何かしら興味を持つ部分があるのなら観賞して損はないと思う。演技については特に目当てだった谷村さんが素晴らしく、なぜか彼女が動いて喋っているだけで泣きそうになる感じすらあった。撮影当時は14歳かな? 本当によくやったよ。素敵な演技をありがとうね。

last up:2017/04/19