あらすじ:花形ドラマーを失ったジャズバンド“福島慎介とシックス・ジョーカーズ”に新たに加入したのは、素行不良だが光るドラムセンスを持つ国分正一。自分を認めてくれない実母、反対に自分を認めてくれる実弟・英次やバンドのマネジャー・美弥子への想いを込めた正一のドラムは、じわじわと業界の注目を集めていくが——。

“裕次郎をスターにしたい”思惑が強すぎないか?

 昭和の名優・石原裕次郎の出世作として知られる映画で、石原裕次郎に興味がない・映画も詳しくないという人間でもタイトルくらいは知っているほどの有名作だ。楽曲の方の『嵐を呼ぶ男』が結構好きなこともあってかなり期待して観たのだが、結論から言えば正直イマイチであった。サクセスストーリーなんだかヒューマンドラマなんだか、兄弟の話を描きたいのか親子の話を描きたいのか、脚本上の視点がよくわからなくてどれも中途半端に感じてしまった。はっきりわかるのは石原裕次郎で稼ぎてえ! という映画会社の強い商売魂くらいである。

 とにかく“いかにして裕次郎をカッコよく撮るか”に重点が置かれていて、ほとんどそれしか見えない映画だった。この手の創作物の完成度を高めるにはフィーチャーされる俳優の力量が必要になると思うのだが、裕次郎はまだ力不足な印象が強く、無理矢理ヨイショされているようなぎこちなさがある。裕次郎の経験不足を他のキャストらを小さく抑えることでどうにか対処しているように感じるのだ。それでも正一というキャラクターを大きくさせることは果たせず、劇中で最も有名な歌唱シーンでさえ大した魅力がない。

 これは裕次郎だけでなく脚本にも問題がある。この歌唱シーンはドラムバトルを前に左手を負傷した正一が、右手1本でも切り抜けられるよう急遽歌い出すという流れを汲んでいるのだが、事前に正一が歌えることを示唆するシーンがないため、かなり唐突に差し込まれた感が強い。曲調もそれまでとまったく別物なのに、バンドメンバーが普通に合わせられるというのも妙な話だ。カメラワークや演出、それこそ裕次郎の力量次第でなんとかなるかもしれないが、そのいずれもが欠けているので普通にパッとしないシーンになっていた。

 私は裕次郎没後の生まれで、リアルタイムでの活躍を知らない世代だ。しかしテレビで散々“昭和を代表するスター”として取り上げられていることもあり、さすがにその存在は知っているのだが、それでも生まれてこのかた裕次郎をカッコいいと思ったことは1度もない。そりゃ、その辺にいりゃあカッコいい顔ではあるし、身体つきもガッシリしていて力強さもあるけれど、でもわざわざ映画やテレビ越しでキャッキャッ言うほどの魅力があるか? と。そして残念ながらこの『嵐を呼ぶ男』では、その印象を覆すことはできなかった。ぶっちゃけ、ビジュアルもオーラも岡田眞澄に負けてんですよ!

福島慎介(岡田眞澄)と正一
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 見てくれよ、このエルヴィス・プレスリーとエディ・コクランを足して2で割って濃くしたような顔立ち。いくら裕次郎がメインです! と言い張ったところでどうにもならん。だから敢えて出番を若干少なめにしたんだろうが、それでも脳裏に残ってしまうそのイケメンぶり。しかもウッドベース役。そりゃカッコいいよ。岡田眞澄も頑張って引き立て役に徹しようとしているけれど、ダメなものはダメ。罪深い兄ちゃんだ。

 ところで、メリーさん(白木マリ)の顔にどこか既視感があると思ったら『必殺仕事人』シリーズのりつさんらしい。『—仕事人』以前はセクシー路線だったのか。知らなかった。劇中では何度か男に暴力を振るわれていたけど、ここでのうっぷんが主水さんで晴らされていたのか……とかそんなことを思った。

last up:2016/12/25