あらすじ:刑事として容疑者を追跡中、同僚の転落死を招いたのをきっかけに極度の高所恐怖症を発症したスコティ。職を辞して静かに過ごしていたある日、旧友のエルスターから「死者に取り憑かれた妻・マデリンを監視してほしい」という奇妙な依頼を受け半信半疑で彼女を追跡し始める。だが、いつしかスコティはマデリンの持つ神秘さに引き寄せられていく。

メイキング

 ジェームズ・スチュワートとヴェラ・マイルズ主演による長編映画の企画が動いたのは、1956年10月のことだった。ヒッチコックはかねてからマイルズをグレース・ケリーのような大スターに育て上げる計画を練っており、フランスの小説家・ボワロー=ナルスジャック(ピエール・ボワローとトマ・ナルスジャックの共同名義)の『死者の中から』を知った時、これこそマイルズをスターにするにふさわしい題材だと考えた。

 しかし、この企画が動き出してからというもの、ヒッチコックに数々の困難が降りかかった。最初の困難は満足できる脚本家に出会えないことだった。最初はヒッチコック映画『間違えられた男』で脚本を担当したマクスウェル・アンダーソンに依頼したが、彼は与えられた仕事を満足にこなすことはできなかった。ヒッチコックは絵コンテなどの作業を行う傍ら新しい脚本家を探し始めたが、どうしたことか、年が明ける頃になると次第に体調を崩し始めた。原因は長年患っていたヘルニアの悪化だった。手術が必要となったヒッチコックは1月下旬に入院し、しばらくのあいだ作業は強制的にストップすることになった。

 手術は無事に成功し、10日後には自宅療養となりながらも撮影の準備を進めるまでに回復した。だが、3月になるとより激しい体調不良に見舞われた。長年の不摂生が祟り、蓄積された胆石が胆嚢を痛め始めていたのだ。胆嚢は摘出せざるを得ないほどのひどい状態で、ヒッチコックは激しい痛みに悲鳴をあげた。この手術も成功はしたが、前回よりも回復に時間がかかった。

 その後、ヒッチコックにさらなる打撃を与える出来事があった。マイルズの妊娠である。すでにスクリーン・テストが終了していたにも関わらず、彼女は役を降板しなければいけなくなった。今回の映画の大きな目標であった“マイルズをスターにする”という計画は、儚くも消えてしまったのだった。新しく迎えた脚本家・アレック・コペルの働きにも満足できず苛立つ日々が続いたが、その状況を和らげてくれたのは3代目の脚本家・サミュエル・テイラーであった。ヒッチコックの意向とコペルの脚本を基に書き上げられたテイラーの脚本は、多少の手直しさえ行えば撮影を開始できるほどの出来栄えで、ヒッチコックを安堵させた。

 だが、現実に撮影に入るのは難しかった。降板したマイルズの代役がまだ見つからずにいたからだ。俳優事務所・MCAのエージェントで後にユニヴァーサル・スタジオの社長となるルー・ワッサーマンは、かねてから親交深かったヒッチコックのために女優を探してくれた。彼が推薦したのは、当時すでにスターとなっていたキム・ノヴァクだった。ヒッチコックはノヴァクの起用に乗り気ではなかったが、ワッサーマンの説得もあって、結局は彼女がヒロインに決まった。

 映画の撮影は9月30日から12月19日にかけて北カリフォルニア州とパラマウント・スタジオで行われた。その間にタイトルも『めまい』に決定。完成した映画は翌年の1958年5月28日に公開されたが、最終的な興行収入はヒッチコック曰く損はしなかった程度で、客足はあまり伸びなかったという。また、ヒッチコック自身も脚本に穴(後述)が残っていたなどの不満があり、生涯においてこの映画を評価することはなかった。だが『めまい』に感銘を受けた観客は決して少なくはなく、今日においては「ヒッチコック・ピクチャーの代表作」と評される機会も多い。

逸話

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管理人より

 現在ではヒッチコック・ピクチャーの代表作とも呼ばれる『めまい』だが、公開当時はイマイチ客足が伸びず、ヒッチコック本人も脚本の詰めの甘さやキム・ノヴァクに対する不満などから、生涯「失敗作」と言い続けた作品である。実は、私も初見ではかなり微妙な気持ちになった。

 脚本の詰めの甘さを感じる部分は、ミステリでいうところの「タネ明かし」の場面である(※詳しくは「逸話」にある「脚本上の穴について表示(ネタバレ)」を参照のこと)。フランソワ・トリュフォーはそこは文句なしに説得力のある描きかたをなされています(※『映画術』より)とフォローしていたが、私はとてもそうは思えず、それを目にした瞬間に観賞する気が失せてしまったほどだった。元々ヒッチコックは脚本よりも映像を優先する人物で、ストーリーに多少の粗があろうとも魅力的な映像でねじ伏せてきたタイプではあるが、この粗は“多少”の範囲に留まっておらず、むしろ映像の邪魔をしているように感じた。

 だからヒッチコックが「『めまい』は失敗作」だと称していたのも無理はないと思うが、それと同時に「『めまい』は名作」だと評する人にも充分共感できる。というのも、『めまい』は大きな弱点を持つ一方で、それ以外のあらゆる要素——カメラワーク・色彩効果・クライマックス・音楽・俳優陣——が完璧すぎるほど完璧だからである。特にカメラワークと色彩効果はこれ以上にないほどの素晴らしさで、「死者に取り憑かれる」という神秘的かつ荒唐無稽な設定にもまったく疑問を感じさせない、実に美しい映像を実現している。

 主演を務めたジェームズ・スチュワートとキム・ノヴァクのふたりは、その映像により強い魅力を与えることに成功している。特にヒッチコックが不満を感じていたというノヴァクは知性・華やかさ・神秘性のすべてを備えており、トリュフォーがベタ褒めした通りの完璧なすばらしさを見せている。

 「大きな弱点と同時に大きな魅力を持つ」という曖昧さは、人によっては受け入れ難いものになるかもしれない。しかし、反対に作品の神秘性により拍車をかけ、その魅力を増すものになる人もいるかもしれない。どちらに転ぶかは観賞する者の感性に委ねられるが、いずれにせよ映像とヒロインの美しさは他のヒッチコック映画と比べても1・2を争う出来といっても過言ではなく、そうした意味でも本作は間違いなくヒッチコック・ピクチャーを代表する映画と言えるだろう。

 余談だが、これから『めまい』を観賞する方のために、より本作のサスペンス性を強くするであろう豆知識として「ヒッチコックはブロンド美女を好んで起用していた」というエピソードを紹介しておく。

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last up:2017/11/08