あらすじ:英国人のローレンス一家は、休暇のひと時をスイスで過ごしていた。父のボブと娘のベティは現地で知り合ったルイという男性のスキージャンプを観た後、母のジルが出場しているクレー射撃大会を観に行った。ジルはベティが騒ぐ声や観客の時計の音に調子を崩され準優勝に終わるが、家族に落胆の色はなく、皆旅行を満喫していた。夜のディナーでルイが凶弾に倒れるまでは……。

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メイキング

 1934年初頭、ヒッチコックは脚本家のチャールズ・ベネットともに、小説家のサッパーが生んだ“ブルドッグ・ドラモンド”を基にした映画作りを進めていた。だが、ブリティッシュ・インターナショナル・ピクチャーズのプロデューサー・ジョン・マックスウェルは、この話に乗り気にならなかった。反対に興味を持ったのはゴーモン・ブリティッシュでプロデューサー業に励んでいたマイケル・バルコンで、かつてヒッチコックと仕事をともにしたこともあったバルコンは、ぜひ一緒に映画を作ろうと持ちかけた。

 ヒッチコックはゴーモン・ブリティッシュで映画を作ることに決め、ベネットと映画プロデューサーのイヴォール・モンタギュー、妻のアルマ・レヴィル、そして脚本家のエドウィン・グリーンウッドやA・R・ローリンソンらと打ち合わせを重ねた。脚本が完成した時にはブルドッグ・ドラモンドは姿を眩まし、完全なオリジナル作品となっていた。

 モンタギューは打ち合わせに参加する傍ら、ピーター・ローレとコンタクトを取るべく渡仏した。ローレはフリッツ・ラング監督によるドイツ映画『M』に出演して国際的な評価を得ていた俳優だったが、ナチスの勢力拡大の影響でドイツを追われ、経済的に困窮していた。ヒッチコックは今回の映画にぜひともローレを起用したいと考えていたが、それはローレにとっても渡りに船であった。

 撮影は5月29日から8月2日にかけて行われ、9月末には『暗殺者の家』が完成した。しかしゴーモン・ブリティッシュの重役は、この作品は評価に値するものではないと考えていた。失敗のダメージを最小限に抑えるため、映画は2本立て上映の2本目としてひっそり公開することになった。その判断は、映画が公開されるとすぐに誤りだとわかった。『暗殺者の家』は大衆には熱狂を、撮影所には大きな収益をもたらしてくれたのだ。

逸話

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管理人より

 1930年代に入ったヒッチコックはいまいちパッとしない状態が続き、メディアからも落ち目だといわれていた。そんなヒッチコックを救ったのが『暗殺者の家』である。後年ヒッチコックは本作についてわたしの映画監督としての威信を回復してくれた作品(『映画術』より)と語っているが、実際この映画におけるクライマックスは最盛期のヒッチコックを思わせる壮大さがあり、これまでの3本のサスペンスとは一線を画す完成度の高さを誇っている。

 しかし、1956年にヒッチコック自らがリメイクした『知りすぎていた男』が完成したことで、この映画の存在感は完全に薄れてしまった。この時期のヒッチコックは人生で最高にノっていたし、スタッフも皆優秀で、出来上がったセルフリメイク版はオリジナル版を遥かに凌駕した絢爛さがある。加えてプロットがほぼ同一とくれば、今日においてわざわざオリジナル版を鑑賞する理由はほとんどないのである。

 唯一の利点といえば、上映時間が短いことだろう。リメイク版は120分だが、オリジナル版はその約半分となる75分だ。その分ストーリーもサクサクと進む。2時間も画面を観ていられないという方は、オリジナル版で手短に楽しむのもいいかもしれない。

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last up:2016/09/03