あらすじ:マリオンは恋人のサムが実父の遺した借金と前妻への扶養義務に追われているため結婚に至れないことを不満に思っている。そんなある日、仕事で多額の現金を預かった彼女は思わずそれを横領し、車で逃亡。大量の雨の中車を走らせるマリオンの前に現れたのは、ひとつの小さなモーテルだった。

メイキング

 1959年の始め——ちょうど『北北西に進路を取れ』の編集が最終段階に入った頃、ヒッチコックは新聞の書評でロバート・ブロックの小説『サイコ』の存在を知った。実在の殺人者・エド・ゲインによる殺人事件をモデルに書かれた作品だった。ヒッチコックはこれを読み終えると、すぐに映画化を決めた。

 この映画を作るにあたって、ヒッチコックはひとつの目標を立てた。それは「なるべく低予算で、かつ質の良い映画を作ること」である。当時は低予算のスリラー映画が台頭しておりヒッチコックも数本鑑賞していたが、ヒットが正当だと思える作品がなく、このジャンルで本当に優れた映画を作りたいと考えたからだ。なるべく予算を抑えるため、メインキャストは撮影所と契約済みの俳優たち、その他多くのスタッフは当時ヒッチコックが製作に携わっていたテレビ番組『ヒッチコック劇場』の人材で固めた。

 脚本も『ヒッチコック劇場』で起用したジェームズ・P・キャバナに依頼する予定だったが、ヒッチコックは彼の脚本を気に入ることができず、他の人材を当たることにした。見つけ出したのはまだ駆け出しだったジョゼフ・ステファーノで、彼はヒッチコックの理想に適った脚本を仕上げてきた。

 撮影は1959年11月下旬から1960年1月上旬にかけて、ユニヴァーサルのテレビ部門のスタジオで行われた。この間、ヒッチコックが映画製作と同じくらい心を砕いたことがあった。それは情報漏洩の防止である。この映画のインパクトを最大限に強めるにはストーリーの一切を知らない方が良いと考えたため、製作に携わっているすべてのスタッフに箝口令を敷き、部外者は極力撮影現場には入れず、さらには存在しない役のオーディション情報を流すなど、観客となりうる人々が情報を得られないよう様々な対策を施した。

 映画の公開が迫ると、ヒッチコックは映画を鑑賞する予定を立てた人々にも漏洩防止対策への協力を求めるようになった。宣伝チラシには上映スケジュールとともに「上映中の入場禁止」「ストーリーの口外禁止」の文章が並べられ、映画館にも観客を途中入場させないよう勧告した。一風変わった宣伝方法に興味をそそられた人々は、『サイコ』が公開されると同時に続々と映画館に足を運んだ。最終的な興行収入は3,600万ドル(制作費は80万ドル)。ヒッチコックにとって生涯最大のヒット作となった。

 しかし観客の熱狂に反して評論家からの評価は芳しくなく、輝かしい監督歴についた汚点と酷評する者もあった。こうした批評について評論家のケネス・タイナンは、評論家を一般客と同等に扱った——途中入場禁止、ストーリーの口外禁止、試写室ではなく映画館での鑑賞を要求した——のが原因ではないかと憶測している。実際、公開当時『サイコ』に低評価を下した評論家の中には、後日「1960年の映画ベスト10」や「スリラー映画の古典作品」に本作を挙げるなど、手のひらを返したような評論を発表した者もいたという。

逸話

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管理人より

 ヒッチコックがその生涯においてもっとも高い成功をおさめたのが、この『サイコ』だ。当時スターだったジャネット・リーとアンソニー・パーキンスのふたりにその印象を覆す大胆な役柄を与えたこと、それまでの常識を打ち破る斬新なストーリー展開、さらにそれを充分に堪能できるようにと全映画館で「途中入場禁止」の処置を取ったことから、公開当時は大変な話題になったと言われる。

 ヒッチコックはこの映画のインパクトを最大限に高めるべくストーリー面については口を閉ざし、鑑賞を終えた観客にもそれを口外しないよう求めている。だが、巨匠・ヒッチコックの代表作として知られている現在ではそれも難しい話で、この映画のクライマックス・シーンやBGMはあちこちのメディアで取り上げられているし、ストーリーもそれなりにインパクトはあるものの、おそらく当時ほどではないのだろうという冷めた感じもなくはない。半世紀もの時が経っているために俳優陣への知識などない人も多く、逆に知識のある人にとってはこの映画における彼らの役柄も知り得ている可能性が高いため、どのみちその起用に対して意外性を覚える人もあまり多くはないだろう。

 斬新だった要素は時が経つに連れその威力を薄め、現在の鑑賞者には公開当時ほどの衝撃を与えないかもしれない。しかし唐突ながらも説得力のあるストーリー展開や、インパクトを与えるカメラワークなどにはきっちりとヒッチコック節がまぶされており、今日の視点から観ても充分楽しめる内容になっている。終盤はすこし言葉を詰め込みすぎている嫌いがあるものの、サスペンス性は文句なしに高いため、ヒッチコック入門としておすすめできる1作だと思う。

 ちなみに続編も複数存在するが、いずれもヒッチコック没後に作られたものであり本人は一切関与していないのでご注意されたし。

last up:2017/07/20